昨年、国外からの観光客が1900万人を超えた。中国からの観光客が爆買いする姿は何度も放送され、東京、大阪、北海道、九州が主な観光地で今年は2000万人を超える予想で、これらの観光客が地方にも多く訪れることが期待されている。
一方、40年ぶりに田舎の温泉街に日曜の午後に訪れ昔からお気に入りの海の見えるコーヒー店を探した。その店の旅館は廃業し、まわりには朽ちそうな閉店した店、シャッターをおろした店、そしてふるびた自動販売機ばかり目について、観光客らしい人影は殆ど見当たらず、一件の真新しいホテルにかわっていた。
かつて日本が経済を成長させた1960年代から1980年代にかけて、その温泉街は会社の社員など団体観光客を対象にしてたくさん人を集めにぎわっていた。 日本中、どの温泉でも大広間にみんなで浴衣に着替えて宴会を楽しみ、ゆかたのまま、街に出て散策する。それが、バブルの時代に頂点をむかえる。 日本の観光地である温泉宿も自然や土地の風物が目的ではない、年に1度か2度のゴールデンウイークやお盆、正月のはれの場所を提供していた。
その時代は過ぎ去り、若者や家族が、温泉を自然を癒しの場として利用するようになり、しだいにこの会社ぐるみの集団行動は時代遅れになっていった。そして、今では、外国の旅行客がこの日本人のみの嗜好と思われていた温泉にも訪れるようになってきた。
時代は確実に変化をしているのに、観光を提供する側が、この時代の変遷に気がつかず、白浜の美しかった海岸はテトラポッドの山になり、海岸はコンクリートの護岸堤防となっていた。海はかつての青い海ではなく、生活排水でよどみ、海岸線の松並木は手入れも行き届かない貧相な緑になってしまっていた。昔の温泉は河や山や海と一体になったくつろぎの世界であった。温泉旅館の中をかざりたてても、まわりの景色が破壊されてしまえばくつろぎの場所ではなくなってしまうことを忘れ、経済の発展とともに、このまわりの海岸の自然は変貌をとげ、新しいコンクリートにかわってしまった。
一部の特殊な場所以外、日本の多くの地域で、なぜこういったことになったのか。これを分析したのがアレックス カーで2001年に “Dogs and Demons”をアメリカで出版し翌年2002年日本語の「犬と鬼」を出版した。その文化論は今でも正鵠を射ている。
「1993年には、全海岸の55%が完全にコンクリート ブロックやテトラポットで固められた。落ち葉が汚いからといって、紅葉の木々は剪定され、河の自然はコンクリートで美しく整備され、きれいになった。
この文化の根源は、日本の自然に対する放任ではなくコントロールの思想に求められる。盆栽、生け花、石庭といった日本の伝統芸術は、自然を自然のままにではなく、人の手できれいに仕立てる技が重視される。」
「犬は難く、鬼は易し、ここで言う犬とはゾーニングであり、広告の規制であり、樹木の管理、電線の埋没、歴史的景観の保護、 鬼は文化ホールや、博物館、モニュメントの建築であり、高速道路である。」戦後の荒廃からの復興は、近代的な工業製品に代表されるピカピカの真新しいものがもてはやされ、歴史的な物は古くさいものとして捨て去られてしまった。その結果、この40年間で日本の自然はかなり劣化してしまい、日本の歴史や、伝統文化も開発によって衰退した。それを国をあげて推進し暴走し、だれも抑制することができなかった。
最近ようやくみなおされつつあるように、かつての日本列島は火山国であり、敷島のみどりなす千路の島々は,海岸は波が岩をあらい、白い砂浜を形つくっていた。 現在人気の日本食や日本の製品の他に、その海や山や川、林、などの自然を回復すれば、日本の全国の古都や歴史的な建物や文化が街全体として世界中の観光客にとって魅力的になれば、そして日本の文化遺産を国際的に高く評価されるようにすれば、世界有数の観光立国は夢ではなくなる。
たとえばタイには年間400万人以上のアメリカヨーロッパの観光客がバンコクだけでなく、チェンマイやアユタヤをおとずれ、合計2500万人以上の観光客をうけいれている。日本と同様に多くの国民はタイ語しか話せません、しかし30年以上前から、伝統文化、その土地の特有の竹や木材を使ったホテルをつくり、遺跡など観光資源を大切にし、パタヤビーチも新たな発想を取入れ、世界中の観光客の滞在するリゾート地となり環境やホテルも世界標準に達している。