2026/07/20

日本のリベラリズムはどこに向かうのか

 


 日本には、1000年以上前から受け継がれてきた祭りや、地域の伝統文化が今なお各地に残されている。伊勢のお木曳、木曽の木を伊勢神宮の建て替えのために20年に一度行われる全市を挙げての行事が今年6月に行われ、毎年7月に京都の祇園祭、東北の3大夏祭りをはじめ全国各地の祭りが続いている。

 人々が同じ綱を曳き、同じ神輿を担ぎ、世代を超えて一つの共同体の一員として参加する。祭りは単なる観光資源ではなく、人と人とのつながりを再確認し、地域への帰属意識を育む文化的な営みである。しかし、人口減少や少子高齢化が進む現在、このような地域共同体は各地で弱まりつつある。地方では若者が都市へ流出し、祭りや伝統文化の担い手も減少している。人々のつながりは希薄になり、都市部でも孤立や将来への不安を抱える人が増えている。


 戦後日本のリベラリズムは、日本国憲法の下で平和主義、基本的人権の尊重、法の下の平等、福祉国家の実現を理念として発展してきた。戦前の国家主義への反省を背景に、権力を抑制し、個人の自由と権利を守ることが重要な使命であった。戦後民主主義と呼ばれるこの理念のもとで、生まれや男女で差別しない平等主義、平和国家、福祉社会の実現を目指した教育が始まった。

 政治の世界では保守派の自由民主党に対して、革新派の社会党が対抗していた。ソ連崩壊の2年後1993年自民党政権に変わって非自民連立政権ができ、政権再編の後自民党と社会党とさきがけ政権が生まれ、社会党は安保容認に政策を変更し、社会党は社会民主党的リベラル政党を標榜する。その後のリベラル派は鳩山由紀夫元首相の民主リベラルを主張する民主党に受け継がれる。2009年民主党が政権についた。当時リベラル派は国民の多数の支持を受けていた。その民主党が消滅し、2017年に立憲民主党が結成された。その柱は護憲と平和主義と、多文化主義を認め、ジェンダー平等を推進し、LGBTQの権利を主張するものであった。リベラル政党の支持は政権を失ってから、増えることはなく、2013年頃から若者を中心にその支持は急速に低下していった。



 戦後日本は民主主義と市場経済を基盤として発展を遂げた。2000年代世界のグローバリズの波を受けて、自由民主党の公共部門の民営化や、グローバリズムに経済政策に対応する政策を進めていった。それに対して日本のリベラル派は、『新自由主義』のレッテルを貼って、全てを否定する方向に進んでいった。 

 日本は、この30年間で、アメリカなどの極端な富の偏在は起こらず、社会全体が貧しくなってきた。上位の1%の層を除くと、日本全体の所得格差は30年間でほとんど変化なく、平均所得の中間値はむしろ減っている。極端な貧困だけでなく、中間層の生活不安も起きてきた。



 安全保障をめぐる国際環境も大きく変化した。ロシアによるウクライナ侵攻や、中国の軍事的台頭など、戦後とは異なる現実が広がっている。平和主義は日本が守るべき重要な理念である。しかし、リベラル派として、それを現実の安全保障政策にどう反影させるかについて明確な政策が打ち出されていない。


 高度経済成長を支えた会社や地域社会も変化し、多くの地域社会では人口の高齢化と、都会、とりわけ東京への人口流失により、大家族の家は減り、伝統文化の支え手も減り、地域でも人々の関わりは次第に小さくなり、多くの人が孤立や将来への不安を抱える社会となっている。これは人口の集中した大都市の中心部やニュータウンでも同じように高齢化し、孤独化は進んでいった。日本型のリベラリズムはこの現実に対応できないでいる。

福祉国家の理想を掲げ、誰も取り残さないという従来の社会的な弱者、貧困層は対策では、一部の層は救済されても、経済的に苦しくなる中間層はリベラル派の視野には入っていなかった。


 科学技術やAIを主要な政策テーマとして前面に掲げてきた印象は弱かった。しかし技術は進む、それに対して個人の自由を守る,人権を守るAI政策を進める必要性が生まれてきた。AIによる産業革命をリベラリズム、個人の自由を損なわず進める政策が必要となる。 そしてリベラル派こそ地方再生を福祉政策だけでなく、国家が富の配分を変えて家族や地域を支え、地方再生を推し進めるための骨太の方針として出すことが必要なのかもしれません。地方の衰退は文化の問題だけではなく、リベラリズム(自由と民主主義)を支える基盤をも危うくするかもしれません。

2026/07/12

アメリカの新思潮 ポストリベラリズム

  アメリカは今年建国250年を迎えた。その祭典はトランプ主義を全面に打ち出した揺らぐアメリカを象徴するものとなった。


 フランシス フクヤマ氏は冷戦の終結に際して「歴史の終わり」の中で、自由民主主義は政治思想の中でイデオロギー的進化の終着点であると述べた。

 それは「自由」と「民主主義」と「市場経済」が組み合わさった体制で、個人の基本的人権が保障され、法の支配が守られ、言論、信教、結社の自由がある。そして選挙によって政権交代が可能な民主政治が実行され、市場経済を基本とする経済体制によって国が運営される最良で最終のシステムである可能性を示した。


 しかしその後、世界は選挙を行う独裁政権が多くの国で生まれ、アメリカ社会では、個人の孤独、薬物依存、自殺率の増加、地方衰退、社会的格差の拡大など社会的問題はますます広がっていった。そしてアメリカではフランシス フクヤマ氏の述べたリベラルに対する疑問や反対が起こり、トランプ政権が誕生した。J.D.ヴァンス副大統領はパトリック J デニーン氏などの共同体の再構築の思想に近く、民主党内でも反リベラルのバーニー サンダースやオカシオ コルテス氏などの社会民主主義の運動が支持されつつある。そして個人の創造性と自由こそアメリカの強さの源泉であるといった、企業家イーロン マスクやピーター ティール氏も現政権で影響力を行使している。

                            

 2016年大統領選挙の3週間前にパトリック J デニーン氏は「リベラリズムはなぜ失敗したか」を書き終えた。デニーン氏の思想は国家、国境、宗教、家族共同体を重視し、グローバリズム、過度な個人主義、文化リベラリズムに反対する。特に2020年代以降のポスト・リベラル運動の理論的な出発点になり、保守派の政治家J.D.ヴァンス副大統領などに強い影響を与えている。

 デニーン氏の中心的な主張は、リベラリズムは失敗したのではない。成功しすぎた結果、自らを崩壊させたと主張する。

 彼のいうリベラリズムとは、個人の自由、市場経済、権利の拡大、国家からの自由を最優先する500年前に生まれた近代政治思想で、250年前のアメリカの建国の基礎となった。その結果として、現在のアメリカは、家族は教会や地域共同体から切り離され、共同体は崩壊し個人は孤立した。アメリカンドリームは手がとどかなくなり、子供は親以上の世代より裕福になれそうもなく、政府機関に対する国民の信頼度は低下し、政治と経済エリートに対する反発は強まっている。裕福な持てるものと取り残された持たざる者の格差が広がり、信仰を持つものと持たざる者の間の反発がお互いを遠ざけ、アメリカが世界で果たす役割についてもいつまでも対立が解消されない。自由を最優先すると、「善い生き方」について誰も語れなくなる。結果として消費主義、娯楽中心主義、政治の劣化が起こり、アメリカの良き文化的伝統が空洞化したと主張する。

 1980年代の保守主義はレーガン大統領などに代表される小さな政府、自由市場の重視、規制緩和が重視された。一方。ポストリベラルの保守派は国家は家族や地域を支える必要がある、社会の健全性は経済のみではなく、地域共同体をもっと重視すべきだあると変化してきた。

 

 民主党のバーニーサンダース氏やコルテス氏もまた経済のグローバル化を批判し、社会的格差を批判し、巨大企業の独占を批判する。そして同じく地方の衰退とエリート政治家を批判する。しかしこの原因は新自由主義的資本主義にありそれらを治して労働者を保護し、富の再配分をおこない福祉国家を目指すべきと主張している。そして最も対立しているのが多文化主義を認め移民の権利を保障し、ジェンダー平等を推進し、LGBTQの権利を主張している。ポストリベラル保守と民主党左派は、グローバル化への批判、経済格差への懸念、巨大企業への不信という点では共通している。しかし、保守派は家族・宗教・共同体の再建を重視するのに対し、民主党左派は福祉国家、多文化主義、人権保障の拡大を重視する点で大きく異なる。


 さらに現在のリべラル批判のもう一つの潮流として、イーロン マスク氏やピーター ティール氏などテクノリバタリアンが存在する。同じように現在のアメリカには問題があると主張し、政府の官僚主義がイノヴェーションを妨げている、国家の関与は少ない方がよい。イノベーターが社会を前進させると主張する。イーロン マスク氏は本来は政府の規制縮小を主張してきたが、第二次トランプ政権では政府改革や宇宙開発、AI政策などへの関与を強めており、その立場は従来のリバタリアニズムだけでは説明できなくなっている。

 個人主義や科学主義に関してパランティア社のピーターテイル氏は技術の進歩でSNS、広告テクノロジー、エンタメのアプリだけが進歩して、エネルギー、宇宙開発、医療、防衛技術といった本当の技術革新は停滞していると語り、民主主義と自由主義は両立しないとして、官僚制、規制、同調圧力、エリート機構を批判。天才的起業家、技術革新が新しいフロンティアを作る原動力であると考えている。



2026/06/16

21世紀覇者

 


 21世紀の初め、アメリカの経済は好調で、世界という舞台で無敵だった。自由市場と自由投票選挙のアメリカモデルは世界に浸透していった。



 1997年クリントン政権は、G7のメンバーに新たにロシアのエリチェン大統領を迎えた。ソ連崩壊後6年でロシアはG8のメンバーに加わった。そして、NAFTA締結をした後、2001年中国のWTOの加盟を推進しそれを認めた。それらを強力に推進したのがボーイング、モトローラー、ぜネラルモータース、キャタピラー、P andGなどのアメリカ企業だった。中国は海外とりわけアメリカからの投資資金の流入や技術の導入によって、輸出は伸び、所得も向上した。アメリカや世界に低価格の製品を輸出して、アメリカの消費を支え、そして家電製品、産業機械、自動車や衣料品などのグローバルサプライチェーンの中心になっていく。1993年のクリントン政権から2013年のオバマ政権の初期までの米中の黄金の20年が訪れた。

 2000年クリントン大統領は「中国は単に米国製品の輸入に合意しているだけではない。中国は民主主義が最も大切にしている価値をも輸入することに合意しようとしている。すなわち、経済的自由である。中国が経済を自由化すればするほど、中国は人々の可能性も自由化するだろう。」 当時上院議員であったジョー バイデン元大統領は、「貿易拡大が独裁体制国家内での自由を拡大する。共産主義国家である中国とソ連崩壊後のロシアをアメリカ主導の経済秩序にくみこめば、繁栄と平和、政治的自由化がもたらされる」と2009年の議会で主張していた。当時シリコンバレーで開発されたインターネットなどの IT技術が世界の独裁者を弱体化させると確信していた。


 このグロバリゼーションの時代は技術としてのインターネット時代であった。インターネット時代が始まるとパソコンでWeb1の時代、見るだけだったものが、Web2になり簡単にネットで参加することのできる参加型のインターネットになった。当時日本のmixiやグリーは国内のガラケー上で人気であった。一方アメリカのFacebookやTWItter,You Tubeは世界に広がっていった。その頃中国は、情報統制と国内産業の育成を進めWeChatやTencent,AlibabaあるいはBaiduなどが国内で完備され、TIkTokは世界中に広がっていった。その後中国国内の企業が情報産業でも進歩し、中国独自の情報空間をつくっていく。


 その2000年代日本はeジャパン戦略を森内閣の時に発足させ、5年以内に世界最先端のIT国家を目指す方針を打ち出した。しかし実現しなかった。行政や企業は紙文化のままデジタル化を進めた。そのために組織構造は変えずに、旧構造が一部デジタル化された。一部のゲームやエンターテイメントでは成功した。 

 2002年ウィニーがファイル分散型の共有ソフトを発売した。この画期的技術は著作権法違反の疑いで逮捕起訴された。結局最高裁まで争われ、無罪となった。

2006年ライブドア事件が起きた。インターネット、media、金融のスタートアップ企業が、証券取引法違反で東京地検特捜部に起訴された。この事件は日本の個人が新しい発想で起業し成功する芽を摘み、元の現状維持と既得権者の世界に戻ってしまった象徴的的事件だったのかもしれない。そして、バブル崩壊以降企業も雇用を守り、社会保障を守り、新たな設備投資は行わなかった。そのため中国や台湾や韓国などとの経済競争には勝てなくなった。


  2010年初頭のアメリカ政府は市場がすべての答えを持ち、中国やロシアを国際貿易システムに組み込むことで平和な未来が訪れるという楽観論に覆われていた。こうして2010年代には、BRICSブームとインターネットを通じたSNSによるアラブの春をもたらした。その後、ロシアが経済破綻から、プーチン政権の強権政治に変わり、ウクライナに武力侵攻を始め、共産主義国家中国は民主主義国家になるどころかAIの技術を使って国家の支配をより強固なものにした。


 アメリカにトランプ政権が誕生すると、無制限なグローバリゼーションは否定され、政府が補助金や高い関税をかけ、あるいはその両方を使って経済成果を上げるべきという政策に変更された。そのグローバリズムが終焉する時から、AI時代が始まった。AI時代オープンAIやアンソロピックといった新興企業やGoogleやAmazonが、世界的な影響力を持ち、世界の覇権を確立しようとし、中国は国内の閉じたプラットフォームを完成させつつある。現在AIをめぐってアメリカと中国は単なる経済競争ではなく、システム競争、国際秩序を争う覇権争いとなっている。


本年6月アメリカはAlibaba、Baidu、BYDを中国軍事企業のリストに加えた。さらにホワイトハウスはアンソロピックに輸出規制を課した。

2026/06/01

半導体の歴史

  いま、国々のパワーの根幹をなすのはコンピューティング、つまり計算力である。そして、その計算力を生み出すのがロジック半導体である。半導体と設計能力と製造能力が、国々のパワーと競争力を左右する新たな頭脳であり資源となった。


               クリス ミラー       半導体戦争


 1950年代アメリカでトランジスタが発明されコンピューターで、真空菅に変わって使われ始めた。 1957年10月ソ連のスプートニク号が打ち上げられ、世界初の人工衛星として地球を回った。4年後に ユーリイ ガガーリン少佐が人類初の宇宙飛行士になった。そのスプートニク ショックに対してアメリカのJ .

F.ケネディー大統領は1970年までに人類を月に送り込む計画を立てた。そのアポロ計画の打ち上げに半導体の集積回路が使われた。


 民間の日本のトランジスタ生産はソニーのトランジスタラジオから始まった。ソニーはラジオに使えるトランジスタを自社開発した。その後、真空管の大手メーカーの東芝、日立、日本電気も参入し、日本は世界最大のトランジスタ生産国となり、それが家電に使われ、国内には巨大な半導体の市場が出来上がった。そしてソニーのウオークマンは、世界中で爆発的に売れた。



 1981年64K DRAMで日立製作所、富士通、NECなどの日本の企業の世界シェアは70%で、自動車産業とともに日本の基幹産業だった。 1986年9月にアメリカは日本の半導体の興盛を阻止するため日米半導体協定が結ばれた。「外資系企業の日本での半導体売り上げが5年間で少なくとも日本市場の20%強へと成長するという米国半導体産業の期待を、日本政府は認識する。日本政府は、これを実現可能であると考え、実現を歓迎する。」こうしてアメリカ半導体産業の日本国内への市場参入の機会の増加と、第3国への輸出のダンピングの防止を約束した。


 1989年石原慎太郎は「NOと言える日本」の中で「中距離弾道弾にしろ、大陸間弾道弾のICBMにしろ、兵器としての精度を保証するのはコンパクトで精度の高いコンピューターでしかない。要するに日本の半導体を使わなくては精度の保証ができなくなっている。」「日本がソ連に先進的な半導体をを提供すれば、冷戦の軍事的なバランスをガラリと変えることができる。」


 1985年インテルはDRAM市場から撤退してロジック半導体に方向転換した。その後パソコンが世界的に普及しウィンドウズパソコンと協力しウインテル連合を組んだ。そしてウィンドウズ95が大ヒットし世界中に広がり、インテルは盤石の地位を確保した。

 一方、台湾のTSMCは製造に特化して、AMDやアップルと組んでパソコンの半導体部門で躍進した。1997年同じ台湾出身のジェイソン ファンのNVIDIAと提携して、その半導体を作ることになる。韓国のサムスンは1969年創業し、1974年半導体事業に参入。1983年アメリカの半導体メーカーのマイクロンの技術供与を受けて1986年にDRAM製造を開始した。そしてパソコンの普及ととものシェアを拡大し、フラッシュメモリー、ロジック半導体さらにはスマートフォンや家電も製造している。


 日本は1970年代と80年代半導体で世界を席巻していた。プラザ合意の後、日本の円は2年半で2倍になった。バブルの崩壊後デフレの時代になり、企業は一斉にリストラに走った、多くの産業で高度な技術者は、日本企業から韓国企業や台湾企業に流失し、同時に技術も流失していった。パソコンの半導体はアメリカと韓国、台湾連合に敗北した。


 2000年にはITはインターネットの普及とともに世界中でに普及しドットコムバブルとなり、ここで半導体メーカーの再編が起こった。スマートフォンは2007年のアイフォンが発売されて、その後世界的に爆発的に普及した。そこに日本は半導体を供給することができなかった。初代のアイフォンは半導体の設計と製造は韓国のサムスンに委託していた。その後アップル自身がARMをベースにしたシリコンチップを自社で設計し、台湾のTSMCが製造している。現在もこれらのアプリケーションプロセッサーは台湾で製造され、中国に送られそこで組み立てられている。


 2022年秋にオープンAIが対話型AIを発表した。これはAIが産業革命に匹敵する発展の先駆けであり、NVIDIAのCEOジェンソン ファン氏はAIにおけるアイフォンの登場と表現した。このAIは多くの半導体に支えられ、NVIDIA製のGPUは必要不可欠で、世界中の強大なデーターセンターがこれらを使って建設されつつある。データーセンターは半導体の塊で、文章がインターネットを通ってクラウドのデーターセンターに届き CPUやGPUが働いてネットワークを戻って返事をする。

世界のあらゆる活動はデジタル化され、そしてAIを使ってコントロールする、それはすべて半導体上で動く世界になった。そしてその製造はほとんど東アジアの国々が行なっている。


 産業の大転換の初期は過剰投資と熱狂的な金融ブーム、株式のバブルが発生する。現在AI、半導体はバブルの様相を示している。

2026/05/06

チンパンジーの戦争

 


 霊長類学者だった故ジェーン・グドール氏は1970年代、チンパンジーの「内戦」として知られる最初の事例をタンザニアのゴンベ国立公園での研究中に目撃した。それまで一緒に育ってきたチンパンジーたちが突然分裂し、1974年を境に、対立は俄かに熾烈なものになった。カハマ地区を縄張りとする若いオスのゴディが単独でおとなしく餌を食べていた境界線あたりに、カサケラ地区の6頭のオスが近づき、逃げようとしたゴディは捉えられ10分以上も殴られ、けられ、噛みつかれ出血多量で死んだ。数で優位に立つカサケラ地区の群れが、離脱したカハマ地区の雄を全て殺し、若いメス3頭が連れ去られた。グドールと同僚たちはこれを「4年戦争」と名付け、ゴンベの歴史上最も暗い時代と位置付けた。


 チンパンジーの社会は力が正義であり、下位の者は事の正邪と関係なく、服従を強いられる。そこには人類社会に共通にみられるモラルは見られない。


 チンパンジーの社会では、群れの中では攻撃的行動より融和的行動がはるかに頻繁にみられる。チンパンジーは暴力性や残忍性ををもっているものの、群れの仲間同士の喧嘩が数秒以上続くことは滅多になく、怪我を負わせることはまず無いことが普通で、仲間同士ではほとんどが友好的な行動である。しかしチンパンジーは個体間の優位性の争いと群れの間の軋轢、戦いといった攻撃性は持っていた。

 さらによそ者に対する固有の恐怖感や憎悪感を持ち、自分の群れに帰属する個体と、そうでない個体をはっきり区別している。


 グドールは、人にはある情況下では、どうしても攻撃的に振る舞ってしまう素因がある。人の本性に伴う暗い悪のの側面は遠い祖先の遺伝子につながるものかも知れないと思い始めた、一方、人は望みさえすれば、人の本性である思いやりや利他の精神がこの自己の生物的本性を制御することが確実にできるのではないかと考えた。


最近これと同じような報告がアメリカテキサス州大学のチームによってサイエンス誌で発表された。研究対象は1995年ウガンダのキバレ国立公園で始まった。群れは最初は100匹余りで、次第に大きくなり200匹まで膨らんで、これまで知られている中で最大のチンパンジーの群れになった。

 2015年、ある日、チンパンジーたちは急速に西部と中部の二つのグループに分裂していった。西部チンパンジーは中部チンパンジーよりも攻撃的だ。年間平均で中部チンパンジーの群れの中から成体1頭と幼体2頭を殺害している。最初の致命的な襲撃は2018年に発生し、エロールという名の若い雄のチンパンジーが襲われた。襲ったのはンゴゴの縄張りのほぼ中央付近にあるイチジクの木で餌を食べていた西部チンパンジーの成体の雄5頭だった。

サンデル氏によると、チンパンジーの縄張りが分裂する前は、彼らは縄張り全体を自由に移動できていたが、現在は縄張りが中央付近で二つに分断されているという。境界線は常に変化しており、現在は西部チンパンジーが境界線をさらに東へ押し広げている。19年には2度目の致命的な襲撃が発生。これまでのところ、中部チンパンジーの死者は成体7頭と幼体17頭に上り、さらに14頭が行方不明となっている

  


  チンパンジーは本来、縄張り意識が強い動物だ。通常は雄を中心とする個体がグループを作り、縄張りの境界付近をパトロールしてライバル集団のメンバーがいないか確認する。もし部外者を見つけると攻撃を加える。場合によっては殺してしまうこともある。そして数十頭で集団を作り生活をしている。

 チンパンジーの社会で集団が大きくなりすぎ、多くの個体と良好な関係を維持することは、群れのメンバーにとって困難になっていた可能性がある。チンパンジーには宗教や民族など、人間の戦争の主な原因とされる文化は持っていない。さらにバナナなどの食料も十分あったそれにもかかわらず紛争は起こった。

 チンパンジーの群れの中でなぜ争いが始まったのか。ンゴゴの研究者たちは、2014年に発生した複数のチンパンジーの原因不明の死、2015年のアルファ・メイル(群れを支配する雄)の交代、そして2017年の呼吸器疾患の流行が、社会的つながりの弱体化と群れの分裂につながったと推測している。


 さらにこの結末が、グドールの観察したように強い集団が勝ち弱い集団が全滅するのか、何らかの均衡状態で内戦が終わり停戦状態になるのか今はわからない。


 チンパンジー世界の内戦は、まず社会が分裂すると敵と味方が生まれ、社会が不安定になると暴力が生まれ、数的優位や機会があると攻撃が実行される。人間関係や社会的環境が変化すると、部族間の戦争に発展する人間の戦争と同じような構造が見られる。












2026/05/02

人型ロボット その3

 予測する機械


 2022年チャットGPTの出現によってAIが言語を操れるようになった。その後この機能の急速な進歩とともに、フィジカルAIの開発競争が起こり、現在ヒューマノイドロボット創世期になりつつある。 現在のロボットはすでに視覚 を使って、起こっている状態を推定し、未来を予想して行動ができる。そしてフィードバックで修正するというループを持っている。最近は、ロボットの中に、世界の内部モデルを作る。仮想空間で人間の経験と同じように、学習させ、ロボットが「この動きをするとどうなるか」を内部でシミュレーションするそして行動を決める 機能が開発されている。

 人工的に予測処理の脳を持ったヒューマノイド ロボットができるかは、多くの画像が世界を観察するセンサーとして働き、それを解析して人間の感覚に近いあるいはそれを上回る能力を持ち、感覚と予測を統合して人工の脳の中で世界のモデルが作れるかどうかが重要になる。現在人間の認知機能にあたる推論パターンの理解は急速に進歩している。

 しかし、人間は感覚から感情や記憶を使って状況を理解して行動することができるが、今のロボットはこれが統一できていない。 成功か失敗かは学習し局所的な対応は可能であるが、これは危険かどうか、重要かどうか、といった価値の判断はできない。人間は、どこに注意を向けるか何を無視するかで世界を構成する。ロボットはまだ全入力を均等に扱い、人間でいうノイズ耐性が弱い人「自閉スペクトラムに近い状態」が解決できていない。

さらに、世界を観察して、予測し、意味を解釈して行動に移す機能までは持っていない。この統合して分析する大脳系の役割とロボットの身体を動かす小脳系の統合はまだできていない。

自己モデルの進化

 生物の進化の歴史を辿ると、 最初はかなりシンプルで、生物はどこに自分の体があるか、何が危険か、どう動けば生き延びるかを判断する。次にこの動きをしたら捕食される、こっちに行けば餌があるという動く脳を持った生き物となり、脳は未来をシミュレーションする装置になっていく。 それは一個のニューロンが特定のものに対応するのではなく、ニューロンのパターンを脳が解読することができるようになったためである。

 そして捕食者の匂いを覚え、捕食者の姿を捉え、すばやく逃げることができた。こうして初期の脊椎動物は原始の海を生き延びることができた。5感による情報を集めて中枢神経によって情報を処理する仕組みは年月と共に進化していった。バラバラの刺激のまとまりのないパターンから時間と空間の中にある物体という知覚が生まれた。

 さらに、霊長類などの社会的動物になると協力、競争、騙し合いが生存に直結する。つまり相手のことを予想できる個体が有利になる。相手も「内側の状態」心を持っていると仮定する。たとえばあの個体は怒っている 。攻撃してくるかもしれない。あの個体は見ていない 。食べ物を横取りできる。相手に心があるのなら自分にも「心」があるはず。感情や信念を持って意図して行動する自分が生まれる。そして言葉によってそれが強化れ、 物語によって社会がつくられる。

 自分という存在は、己を知るために生まれたものではなく、生存のために周りの世界を理解する予測制度を上げるために生まれた。世界モデルができるそして、他者モデルができる。行動モデルができる。そしてそれらを統合する必要ができる、結果として「観測者」が内部に生成され、意識は生まれる。

 意識、自己は「理解するため」に生まれたのではなく「予測精度を上げるため」に生まれた。この不確実な世界でずーっと活動を続け、さまざまな活動をする身体を持つロボットは統合して、複雑化すると自己という構造ができてしまう。

感情を持つ機械

線虫のドーパミンニューロンは頭から小さな突起を伸ばし、その中に餌を感知するためだけに設計されたレセプターがある。これらのニューロンは餌を見つけると、その脳内にドーパミンを流し込む。それが数分続き、ドーパミンがふたたび低下して、線虫が逃走状態になるまで数分間続く。線虫のセロトニンニューロンには、喉に食べ物があることを感知するレセプターがあり、十分なセロトニンが放出されると、満足の状態が誘発される。 この原初の線虫の脳内の、ドーパミンとセロトニンの機能はミミズ、魚、ラット、人間に共通に認められ、感情的状態を起こす物質である。

 感情と呼ばれたものは、生物にとっては機能だった。ドーパミンは行動を促し、セロトニンは抑制する。ノルアドレナリンは危機に集中させ、オピオイドは回復をもたらす。

 現在ではAIの強化学習でドーパミン的なものを数式化している。報酬関数はドーパミンの代替となり、注意機構は重要な情報に集中する。さらに「好奇心」を持つアルゴリズムが開発され、未知を探索する動機が生まれつつある。知的好奇心を持った擬似ドーパミン的なものを作り出そうとしている。セロトニン的なやりすぎないAIは研究段階、一方アドレナリン重要な情報に集中することはかなりできている。

そして人間が空腹や疲労や痛みを感情を伴って感じるように、ロボットがエネルギーやモーターの負荷、温度を快や不快の人工的感情のように感じる仕組み、感情に似た制御の機構が機械はそれを、別の形で再現し始めている。

バッテリー残量、モーターの負荷、内部温度——それらは単なる数値ではなく、「避けるべき状態」「望ましい状態」として扱われるようになった。生物が空腹や疲労を感情として経験するように、機械もまた、内部状態を観察し、自分の状態を感じ始めるのかもしれない。


2026/04/13

フェイクとファクト

 






 一般に、どの社会においても「嘘」が公然と通用しはじめるとき、その社会は足元から崩れ始める。信頼が、共同体を支える基盤であり、それが損なわれれば社会はもはや協力の共同体として機能しなくなる。そのため人々は、協力を持続させるための規範や倫理を生み出してきた。

 日本でも江戸時代の小説家上田秋成は、小説自体が事実ではない物語で、小説家はそのため天罰が降ると考えていた。明治期に入ると、修身や道徳教育の中で「正直」は重要な徳目として強調され、信義に反することは人としての在り方に反するものとされていた。

 しかし時代とともに情報技術の発展し、真実と虚構の境界が徐々に揺るがされるようになってきた。瓦版は新聞へと変わり、印刷物は大量生産され、やがてラジオやテレビが登場し、マスメディアという巨大な情報が生まれた。そして現代のSNS時代においては、フェイクとファクトは瞬時に、同一の速度と形式で拡散されるようになり、両者の差は急速にあいまいになっていく。その結果として、かつて前提とされていた「高信頼社会」は揺らぎはじめている。

 そもそも、なぜ人間社会にはフェイクが生まれるか。それは人の予想する脳の機能から生まれる。ある表現が現実と一致するならばそれはファクトと呼ばれ、不一致であればフェイクとされる。この区別自体は単純である。しかし現実の人間にとって、世界は単純ではない。個人はつねに予測によって世界を創り出している。その構造は知覚の水準から社会制度にまで広がっている。

 イギリスの医学雑誌に報告された一例は、このことを象徴的に示している。足場から飛び降りた建築作業員が、着地の瞬間に15センチの釘が足を貫通したと目撃し、その強烈な痛みによって、動くことすらできなかった。強力な鎮痛剤が投与され、その後に靴を脱がせてみると、釘は実際には足の指の間を通過しており、組織には損傷がなかった。しかし彼の痛みは本物であった。

 彼が感じた激痛は、彼の脳が、見た証拠によって、重傷を負いそれによって引き起こされるはずの痛みを予想することで生み出された誤った知覚だった。脳は予想と感覚的証拠とを結びつけて、組み立てて経験とする。


 同様の構造は慢性疼痛にも見出される。慢性腰痛などでは、組織的損傷が消失した後も痛みが持続することがあり、世界人口の約10%がこの状態を経験している。実際に起きた傷や骨折、炎症などの組織が傷ついた痛みと、神経の痛みの情報を処理して、痛みを感じるシステムが働き過ぎて、慢性の痛みとなる神経障害性疼痛がある。そして誤った予想が定着すると、ますます変わりにくくなることがわかってきた。この予測はプラセボ効果や瞑想などによっても変容しうることが知られている。

 痛みは他の知覚と同じように、脳の予測と直接感じる知覚の相互作用によって形つくられる。そして人間の経験一般もまた、外界の刺激と、そこに先立つ予想や注意の置き方によってつくられる。したがって、私たちが「世界そのもの」をそのまま経験しているのではなく、無意識的な脳の予想と、注意する意識を通じて再構成された像なのである。

 この予測生成の仕組みは、ときに機能不全を起こす。自閉スペクトラム症において見られる感覚の過剰や統合の困難さは、その一例として理解できる。日常的には容易に統合されるはずの感覚情報がバラバラででお互いに関連なくされたまま、全体としての意味をつくることが出来ない。その結果、知覚によってもたらされる感覚的事柄と過去の経験から得られた知識のあいだに橋がかからず、世界が断片としてまとまりがつくりにくくなる。

 この「予測する力」は、個人の内側にはとどまらない。むしろそれは社会の構造そのものと重なり合っている。人間は共同体の中で言葉をつかい、相互にモデルを共有してきた。その過程で、本物と偽物を見分け、信頼する相手とイカサマ師を見破る方法を発達させた。信頼がなければ協力が成立せず、共同体そのものが維持できないからである。

 やがて集団が拡大し、民族や宗教、国家といった大規模な共同体へと発展すると、話し言葉だけではなく文字による情報伝達が必要となる。言語は世界をモデル化し、それを物語として固定する装置へと変わる。宗教は意味の体系を語り、国家は歴史を語り、イデオロギーは未来を語ることで、人々を結びつけてきた。しかしそれらの「物語」は決して単一ではなく、ある共同体における真実は、別の共同体においては虚偽として現れることもある。このような多くの物語の競合のなかで、民主主義が一定の地位を得たのは、それが誤りを修正しうる仕組みを持っていたからであった。


 そして最終的に、人間が陰謀論や単純な善悪の物語に引き寄せられるのもまた、この予測構造と無関係ではない。人は世界を理解するために仮説を立て、その仮説と一致する情報を「現実」として受け入れやすいようにできている。信じやすい脳はフェイクニュースもまた信じてしまう。