方丈記 鴨 長明
1973年ベストセラーになった小説「日本沈没」は、SF作家小松左京の作品で、後に映画化された。 日本列島の成り立ちと地球の動きをもとにした近未来の物語で、日本列島で地殻の変動から、大地震がおき、津波,火山の噴火をともない次第にすべてが沈みはじめ、ついには、海に没してしまう。日本人は大脱出により世界にちらばっていった。その時の日本人の活躍、日本文明消滅の様子を衝撃的に描いた。
このSF仕立ての日本人の物語は、プレートテクニークスという地球物理学の新しい理論をとりいれた。日本列島沈没の発想は近未来におこりうる現実を描きだしたものとして受け入れられ、空前のヒット作となった。
小松左京は日本を代表するSF作家で、1961年「地に平和を」で活動を開始し、 1960年から1980年にかけて多くの作品をだした。地球温暖化や環境汚染、様々な病源体やウイルス、宇宙旅行や惑星移住などを素材にして、過去と未来、そして地上から彼方の宇宙を舞台にした多くの想像力ゆたかな思考の実験、フィクションを構想した。
アーサーC クラークをおもわせる物体Oが日本を支配する短編小説「物体O」、日本の未来や過去を漂流する物語や近未来小説「果てしなき流れの果てに」「復活の日」あるいは2つの並行する歴史や江戸時代へのタイム スリップしたり、中国を舞台にした地殻変動小説「東海の島」などを発表し、SF黄金時代をつくりだした。「はみだし生物学」では自己増殖型機械についてかたり、コンピューター社会生態学を構想している。
「日本沈没」では、一人の地震学者がプレート理論を使って地殻の変動を観察し、日本が沈没することを予知した。このプレート理論を最初に唱えたのはドイツの科学者アルフレッド ウェーゲナーで、1915年に発表された「大陸と海洋の起源」で、海によって数千キロメートル隔てられた大陸で同じ太古の生物の化石を発見し、アフリカ大陸とアメリカ大陸はその形から、太古の昔すべての大陸は1つにまとまっていたとの説を発表した。
長い間荒唐無稽の説として忘れ去られていたものが、地球内部のマントルの運動により地殻は動いているとわかり、人々が認めるようになったのが1960年代で、現在ではこの大陸移動説は定説になっている。
長い間荒唐無稽の説として忘れ去られていたものが、地球内部のマントルの運動により地殻は動いているとわかり、人々が認めるようになったのが1960年代で、現在ではこの大陸移動説は定説になっている。
プレート理論により陸地は移動し、地球表面の固い岩の層が、動き、沈み込み、変形をうけ、また陸側のプレートも引っ張り込まれ変形し、ある時この変形に耐えられなくなって一気に跳ね上がり地震をおこす。かつて日本列島はユーラシア大陸の一部で、それがひきはがされ、西日本と東日本は二つの島になって離れていた。それがさらに数百万年の時代をへて、太平洋側にしだいに動き、合体し現在の日本列島ができた。また地殻変動により地震はおき火山が噴火し、そのとき津波が発生することがわかってきた。いまでも日本列島は少しずつ動き、震動をくり返している。
日本ではプレート境界型の東海大地震を想定して、その予知に予算も人材も法律もシフトして対応した。その後おおくの死者をだした阪神淡路大震災がおこった。活断層のずれによるマグニチュード7.3の地震だった。小松左京も「大震災95」でこの想定外の大都市圏直下型活断層地震についてルポルタージュを書いている。
活断層というのは、約260万年前以後に大地に断層によるずれがおきたものを示す。その断層は過去からそれにそって地面が動き、何度も地震をくり返す場所で、陸側のプレートがひずみ、このひずみがある時裂けやすい地層、活断層にそってずれて地震をおこす。プレート境界型地震とはことなった地面の比較的浅い地面の裂け目であり、甚大な被害は比較的狭い範囲にとどまり、日本全国で2000以上ある。
境界型地震も太平洋プレート(フィリッピンプレートを含む)の西のはしでは、アリューシャン列島、日本列島、琉球諸島、台湾、インドネシアからニュージーランドにかけて多発している。東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9の巨大地震でやはり想定外の規模と場所でおこった。
寺田寅彦は小説の中で述べている。「日本は地震津波台風のごとき西欧文明諸国の多くの国々にも全然ないとはいわれないまでも、頻繁にわが国のように激甚な災禍を及ぼすことははなはだまれであると言ってよい。」
この自然による災害は日本の国民性に影響をおよぼしている。「数千年来の災禍の試練によって日本国民特有のいろいろな国民性のすぐれた諸相が作り上げられたことも事実である。」
自然を征服しようとする野心を生じたことがかえって災害を大きくした。「文明が進んでますます天然の猛威による災害がその激烈の程度を増すと言う事実がある。文明が進むほど災害よる損害の程度も増加する傾向があると言うことを自覚して、普段からその防衛策を講じなければならない。それができていないのは、それは極めて稀にしか起こらないで、ちょうど人間が前車の転覆を忘れたころにそろそろ後者を引き出すようになるからであろう。」天災は忘れた頃にやってくる。
「昔は過去の経験から地震や台風に耐えた場所でのみ集落を保存し、時の試練に耐えたような建築物のみを墨守をしてきた。」として、日本のような地震国では津波のこない場所に住み、耐震家屋や地震にたえる都市の必要性を主張している。
さらに台風の襲来の予知に対しては太平洋上や、日本海上あるいは大陸にも観測網をひろげるように提言している。現在台風の予知は気象衛星の活躍によりかなり正確にできるようになった。しかし地震の予知はなかなか難しく、原因としてのプレート理論は分かっても未知の活断層があらわれたりして、実際おこる地震の予知は今のところできていない。
