2025/12/14

イカロス症候群

  

 ゲーテはイタリア紀行の中で、ローマのカーニバルを描いている。ローマの「街全体がひとつの大きな劇場である。観客と演者は絶えずその役を取り替える。女性も男装し、二つの仮面を前後につける人がいる。どちらが前面でどちらが背面なのか。人物が前進しているのか、後退しているのか、見分けがつかない。」

 「ローマ人は自らの生活全体を祝祭へと変え、街路を舞台に変える術を知っている。誰もが傍若無人に振る舞うことができる。棍棒や刃物を振り回すこと以外、ほとんどの振る舞いは許される。社会的な格差は一時的に解消されたように見える。」「馬車の上から紙吹雪(砂糖菓子)が雨のように降り、通りの若者たちはそれをまた投げ返す。そしてチョークや粘土片で全身が真っ白になった男たちが次々と現れる。その中には黒服姿の司祭も例外ではない。」そして人々は束の間の、社会的秩序の一時的な逆転に陶酔する。そしてこの騒擾は潮が引くように終わりを迎える。

 「カーニバルの終わりほど胸を打つものはない。それまでの喧騒が突然、沈黙に変わるからだ。」人々を熱狂に誘うこれらの出来事は過剰なまでの、神経を興奮させる脳内物質の作用が考えられる。やがてこれらの物質の消失とともに、精神の中に、燃え尽きる精神の疲労、イカロス症候群が訪れる。



 三島由紀夫は「太陽と鉄」の中で神輿について、「幼時、私は神輿の担ぎ手たちが、酩酊のうちに、いうにいわれぬ放恣な表情で、顔をのけぞらせ、甚だしいのは担ぎ棒に完全に頸を委ねて、神輿をねり回す姿を見て、彼らの目に映っているものが何だろうかという謎に、深く心を惑わされたことがある。」

「神輿のわっしょいのリズムに身をゆだねると、身体が共同の波にのまれた。暴れみこしには、神と肉体の荒々しい一致がある。神輿の重さは、少年の肩に鉄の現実を教えた。」

ここでもまたドーパミンによる快とセロトニンによる心の安定化と、共同体との一体感が生まれる。

 さら自衛隊のF104に乗ったときの高揚感を「F104は離陸した。機首は上がった。さらに上がった。思う間に手近な雲を貫いていた。一万5千フィート、二万フィート。高度計と速度計の針が小さな高麗鼠のように回っている。準音速のマッハ0.9。ついにGがやってきた。が、それは優しいGだったから、苦痛でなくて、快楽だった。」「私の視界はやや灰色の青空に占められていた。それは青空の一角をいきなり齧り、青空の塊を嚥下する感覚だ。 清澄なままに理性は保たれていた。」「雲と海と落日だけの簡素な世界は、私の内的世界の、いまだかつて見たこともない壮大な展望だった。と同時に、私の内部に起るあらゆる出来事は、もはや心理や感情の羈絆を脱して、天空に自由に描かれる大まかな文字になった。」と飛行体験の内的世界を表現している。そして最後の章にイカロスの詩を載せた。


鳥の自由はかつてねがわず


自然の安逸はかつて思わず


ただ上昇と接近への


不可解な胸苦しさにのみ駆られて来て


空の青のなかに身をひたすのが


有機的な喜びにかくも反し


優越のたのしみからもかくも遠いのに


もっと高くもっと高く


翼の蝋の眩暈と灼熱におもねったのか?


  アポロ計画で月に行った宇宙飛行士たちもまた、意識や認識の変容する体験を語っている。その一人ジム アーウインは空軍のパイロットで、F104ジェット戦闘機に乗っていた。そして、アポロ15号で、月に向かった。

 ロケットは点火され、猛烈な速度で上昇する、そのとき体は4Gの力で座席に押しつけられ、その後、地球軌道に乗る、この軌道上から眼下に地球を見る。そして、月に向かう。「地球を離れて、初めて地球を見た時、最初はバスケットボールぐらいの大きさだった。それが離れるに従い、野球のボールぐらいになり、ゴルフボールくらいになり、ついにはマーブルの大きさになってしまった。そして、宇宙から地球を見ることを通して神の存在を確信し、月面に降り立ち神の啓示を体験した。神に祈った時に、いくら祈っても、神は無言だ。しかし、月では違った。祈りに神が直接的に即座に答えてくれるのだ。」と語っている。

 多くの宇宙飛行士は、この宇宙に出てから、急に頭の中が明晰そのものになり、精神機能が拡充した感じになる、そして全ての操作が素早くできるようになると言う。宇宙飛行士たちは皆宇宙体験で大きな精神的影響を受け、内面的に変わり、やがてジム アーウインはキリスト教の伝道師になる。 



 人々は祭りに熱狂し、カーニバルに熱狂する。その祭りの熱狂を遊園地に見出した。 好天に雑踏が組み合わさって、娯楽施設は人だかりで、騒然とし、人々で湧きかえっている。祭りに、マシーンが加わって、19世紀の末には遊園地が新たな祝祭の場所として登場した。

 ニューヨークのコニーアイランドには1877年のフィラデルフィア万博のために造られた鉄の塔をを払い下げ、エレべイター付きの展望台になった。1883年シカゴ博覧会で展示された回転するする車輪にゴンドラをつけた、大観覧車を払い下げ、運び込まれた。1884年にはジェットコースターが人気を集めていた。20世紀になると、ループ ザ ループと呼ばれる360度回転するループ型ジェットコースターが登場した。

 回転木馬から、次第にジェットコースターになり、360度回転するループ型コースターへと続々と新しい絶叫マシーンが取り入れられ、人々はスピードとスリルを求めて遊園地に殺到した。1920年代ニューヨークの地下鉄がコニーアイランドまでのび、アメリカの遊園地ブームはその絶頂期に達した。


 人はなぜ祭りに興奮し、カーニバルに熱狂するのか、どうして遊園地に人々は惹きつけられるのか。どうしてジェット戦闘機で操縦したり、宇宙旅行のロケットの加速で、気分が変容するのか。どうして静寂の月面に到達して崇高な気持ちになるのか。それらは、人々の脳の中の様々な物質が活性化されるからであると考えらている。この神経伝達物質は神経細胞の間の情報のやり取りを調整し、感情、意識、思考を調整する。ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、オキシトシン、エンドルフィンなどそれぞれの役割は次第に明らかにされつつある。



 さらに、さらに、長く、恍惚と燃える青へ。

 ひばりも、鷲でさえ至らぬ高みを、

 たやすく超えてゆき

 静かな昂った心を持って、


 人がまだ足を踏み入れたことのない高みの宇宙の聖域に入ったとき、


 私は、手をさしのべて、神の顔にさわった。


                     ジョン ギリスピー マギー