2023/04/09

人間の言葉の誕生 日本アニミズムと俳句

  爛々と 昼の星見え 菌(きのこ)生え           高浜虚子


 生物は地球上の環境から様々な雑音、情報を神経系が5感を通して時々刻々受け取って、その情報の意味を理解して、この混沌とした状態に適応するように進化してきた。アメーバーは快と不快に対して、知覚して刺激に近ずいたり離れたりする。蛙は世界はすばやく動く影からできていて、反射的に餌を捕まえたり、飛び跳ねたりする。哺乳類になると、世界は空間の中で存在する物体を認識し、それによって行動し餌を食べて、生活する。草食動物は、食料の植物、えさを求めて移動し、肉食動物はその草食動物を求めて、移動し、狩をする。


 人類の生まれる、アフリカのサバンナはゴリラなどと同じように人類の仲間は森の中で生活していた。そして空間認識は発達したものの時間は存在しなかった。アフリカのサバンナを出て新たな環境に適応するためホモ・サピエンス、人間に言葉が生まれた。


 言葉は世界を切り取って当てはめ、整理する。そして比喩を使って、無限に新しいものを作り出す。このシンボル操作によって空間と時間を持つ宇宙像が生まれた。 人間は時間を空間と同じようにして作り、過去を参考にして、未来を予想して、それに備えることができる能力を獲得した。起こったことのない出来事を、実際体験したことのある出来事と同じように思い起こす抽象化する能力が生まれ、未来を創造することを可能にした。

 それは、自分の生きていない世界にも、自分が生きているように考える。自分の死後に残される家族を考えたり、自分をどう評価するのか、誇りに思ってくれるのかなどを考える、死生観が生まれる。死とは、体から抜け出した魂が別の世界に転生する。それがやがて、 自分の体は、自分一人のものではない。死者と繋がり、残る人々と繋がり、お盆で迎え火を焚き、輪廻転生の物語が生まれてくる。

 そして、他人や他者を自分と同じように想像し、理解して思いやりを持つことができるようになる。

 

 人類にとって、最初の宇宙像は、時間は無限のつながりの循環と反復と捉えられていた。世界全体は小さな、閉ざされた空間で、そのなかの出来事が、リズム的に反復し繰り返すと捉えられていた。縄文時代、狩猟生活であり不安定で、孤独な生活で、多くの偶然に支配される生活から生まれる世界観に支配されていた。そして、解決できない問題に遭遇した時、それを理解可能で、解決する物語、呪術が生まれた。  

 その縄文時代の呪術的な世界では、すべてに、霊がありそれが世界を支配している。この霊によって、支配されている世界では、呪術によって獲物に魔力をかけ呼び寄せ、それを猟で捕らえ食糧に、獲物にありつける。狩猟の後には、殺した動物の精霊をなだめ、その復讐を避け、次の獲物が偉sれるように加護を祈る。

 これは、最近までアイヌの熊祭に残っていた。歌い踊って、クマをを射殺す踊りをして、実際にクマを絞め殺し、その霊に礼拝し、感謝を捧げ、なぐさめ、そして最後にその肉を食べる。イヨマンテと呼ばれ最近まで、神聖な儀式として残っていた。アイヌの社会ではクマは主神であり、また主食であり、さらには人を襲うことのある猛獣でもある。その神を殺し、その肉を食べ、その霊をなぐさめる、その矛盾を抱えた心に平穏をもたらすのが呪術であり儀式であった。

 

 言語が生まれ、言葉というシンボル機能が我々の住む世界をつくっている。本当の世界というのは、その集団の言語習慣にもとずいてつくられる。縄文時代、現在のパプアニューギニアに見られるように、言葉は土地土地によって様々で、日本語として統一されていなかった。そして言葉は、外の世界を表現し、言葉によってそれを伝達するだけでなく、本来の意味を、同じ言葉で違う概念に置き換える「メトニミー」という似た物を比喩として扱う役割がある。この人類における言語的能力から、人の心に呪術とともに芸術が生まれてきた。当時の芸術作品である縄文土器は、こじんまりした調和的な様式ではない、左右不均衡で、躍動する模様が描かれ、さらにその空間の構成は立体的で、平板ではなかった。描かれた土器の模様は呪術的な色彩を帯びた芸術となった。

 一万年以上続いた縄文の時代、人々は天空の星や月を仰ぎ、縄文の森の中で、植物に囲まれ、狩猟や海では、海の幸で生活を送り、自然のなかの月を信仰し、生き物を崇め、アミニズム的世界の理解のもとに生活していた。天空と地上の争いを抑える呪術やモニュメント建てる芸術は生活の中の役割を担っていた。


 日本列島では、縄文時代の呪術の体系の文化に、新たに大陸から弥生人が入り、漢字が入ってきた。そして日本列島に様々なルートを通って、大陸から人々は渡ってきた。その後、稲作が移入され、定住がはじまり、日本各地に散在していた人々がやがて、一つの国としてまとまってくる。その共同体を結びつける神話、宗教という物語が生まれる。

 文字が伝わるとそれが記録され、その共同体の伝統や文化を継承するための信仰の体系をつくりあげられる。仏教も伝来し、それまで列島の各地に、散りじり生活していた人々は、一つの国に統一された時、古代からのアミニズムや呪術からしだいに宗教が社会に取り入れられた。それらはやがて日本の風土の中で、神道と仏教は、習合し、儒教もまた神道などと混じり変容していった。

 その後の日本の宗教は芥川龍之介が「神々の微笑」で、「現実との激しい闘争から生まれた政治哲学の老子、や儒教の教えも、転生輪廻する世界と諦観の仏陀の教えも、また現実を拒否し永遠をめざすキリストの夢も、すべては二千年の歴史のうちに、美しい風景と温和な気候のうちに、静かにのみこまれてしまう。」と語った日本の精神世界の歴史が生まれた。


 人類は脳の発達で言葉を生み出し、比喩の力で、世界を認識し、変形して理解した。これによって、人と動物、植物、あるいは石や自然に対して人と同じように類推し、物語や詩を作る、アニミズムの世界が生まれた。世界を理解することは、アニミズム的世界観を持ち、呪術と芸術、詩の創造は言葉とともに生まれたわけで、現在にもこれが色濃く残っているのは、江戸時代の俳句かもしれない。

 万葉集の中に、雪は氷神の化身である龍の降らせたものであるといったものもある、その後の短歌はより現実的な心を詠むむものが多く、自然から離れていった。江戸時代になり、月並みではない芭蕉や蕪村の俳句は、擬人化ではなく、人間と同じように動物、植物あるいは石や海にも魂があるという日本的アニミズムの表現の復活と言える。


 蕪村の    春の海 ひねもす のたりのたりかな       は海が季節を感じ、

 

 芭蕉の  蛸壺やはかなき夢を夏の月      は蛸のみる夢をあらわしている。