1950年代にジョン リリー は人間の感覚が、外からの刺激の全くない状態でどのようになるのか、意識は外の刺激から生まれるのか、あるいは内部にあるのかを知るための実験をした。このアイソレーション タンクの実験で、時間とともに意識は変容し、幻覚や夢が現れ、時空の組み立て方が変化してきた。
昔から、切断された手や足がまるで存在してそこに痛みを感じるファントム ペインが知られている。痛みもまた痛覚刺激が脳に達して痛みを感じるだけの単純な刺激と反応だけではなく、痛みという情動をともなった概念として脳の中で生み出される。
痛みは皮膚や筋肉が傷つけられると皮膚は刺激が加わるとニューロンを伝って脊髄に入り、つぎのニューロンが視床にパルスを伝えさらに次のニューロンを介して大脳皮質に達して痛みを感じる。それに対して痛みを少なくする抑制システムがある。草原でライオンに襲われかまれ重症をおった人たちがその時痛みを軽く感じる程度であると話している。 これは痛みに対して脳や脊髄でオピオイド 麻薬様物質が放出され痛みを抑制するシステムが働くためである。その後、しばらくしてから脳がその状況を認識する。
絵を前にして、まず感情が湧き上がる。美しい色の組み合わせ、心休まる風景は、ドーパミンを放出させ、穏やかな微笑み、穏やかな人々やその情景はエンドルフィンやオキシトシンバゾプレッシンに働き、恐怖を感じる画像や残虐な絵を見た時ノルアドレナリンが分泌される。宗教的静いつな情景はセロトニンを放出させる。 その後、脳の認知中枢からトップダウンで送られてくる信号と照らし合わせてその意味を見つける。トップダウンの処理は、情報の分類や意味付けに関わる大脳皮質と脳の別の部分の貯蔵されている記憶によって、脳の中でその絵を解釈し創造する。
絵がもたらす視覚の情報は変わらなくても我々の情報の解釈が変わることは、エッシャーやルビンの壺など、だまし絵を見ていると、同じ絵が、あるとき壺と見えていたものが反転して人の横顔となって見えることで経験する。見ることは、現実にあった幻想をつくることである。視覚も痛みと同じように目で見て網膜がそれを感じてニューロンを伝って脳の視覚野にとどく。それに対して扁桃体や線条体で情動が生まれ、大脳の前頭前皮質が働いて、それを分析し、分類して、知覚する作業が行われている。
側頭葉の奥深くにある扁桃体は、いろいろな知覚の刺激が大脳に届く前に、チェックする役割がある。扁桃体へ感覚のデータが送られ、それを無意識に処理され、扁桃体がこの刺激を視床下部に送り、そこで身体の生理的反応、動悸などが起きる。人の体に危険が迫ると、この扁桃体が最初に働いて、漠然とした非常に不快な感情、不安感が起き、危険を回避する。その後、第2の回路を使って、目で見たり、耳で聞いたりする情報が脳の視覚野や聴覚野という部位に到達する。
扁桃体は、大脳皮質の視覚や聴覚、触覚の感覚を感じる神経と結びつき、視床下部などの自律神経とも結びつき、さらに認識する大脳の前頭葉にも結ついている。扁桃体は、情動の働く脳のほとんどの領域とつながっている。ものを見て、感じる単なる知覚を、脳の中で情動的感じるように変換する。それに扁桃体が中心的役割を果たす。
猿やマウスの扁桃体に障害が起きるとヘビや恐ろしい動物を危険と感じなくなり、身の回りの予想外の出来事に対応できなくなってしまう。人間でも先天的に扁桃体の機能障害を起こす稀な遺伝的病気のウルバッハ ビーテ病の人は他人の顔の表情から、怒りや恐怖を読みとることができなくなる。
情動刺激は、肯定的で報われるか、否定的で罰せられるか、その中間かである。肯定的な情動は幸福感や快楽を生み出し、その刺激を求めるようになる。反対に否定的情動は喪失感や恐れの感情を生み出し、これから逃れようとする。扁桃体は刺激に反応する情動を評価する中心になる。扁桃体、海馬とともに大脳皮質の下にある線条体は近ずくべきか、避けるべきかの行動を起こす時に最初に働く。そして、そのあとに前頭前皮質が知覚と経験を整理して、情動と行動を統合する。
まず刺激に対してはボトムアップの反応が起こる。刺激に対して報酬系のドーパミン、エンドルフィンシステムが働き、オキシトシン バゾプレッシン系も働き始める。そして注意を向けたり、新しいことを始めるためのノルアドレナリンが働き、安心や幸福感をもたらすセロトニン作動系が働き出す。これらは扁桃体につながり、情動は生まれる。見ることによる単なる知覚を、扁桃体で情動として感じることに変換される。
そして、肯定的や否定的な知覚や情動をコントロールするシステム働きはじめ、大脳皮質の高次領域でそれが行われる。この脳の部位前頭葉で、絵をみて触発される海馬の中に記憶された情景、過去の感情と比較し評価する。情動だけでなく思考も前頭前皮質の高次領域が認知し、トップダウンでコントロールしている。
絵画や詩は作者の感情を形にしたもので、多くの意味を込めている。芸術家は自然を観察し自然を感じとって、絵や言葉によって、感情と美意識を表現する。その鑑賞者もまた絵を見て、詩を読んで、快楽を感じ、脳内でそれに触発された創造物を生み出す。
ヨーロッパの絵画は宗教画や神話や物語を絵にし、いかに立体的に正確に描くかが重要であった。それが、19世紀になり印象派の絵画になり自然の一瞬を捉え、その感情を形にしたもの、キャンパスの色彩や形が物語性や立体的構図より重要になった。20世紀絵画は、さらにそれを進め、クリムトの表現主義やピカソのキュービズムや抽象絵画を生み出した。現在それらの芸術が、脳の機能によりどのように生み出され、どのように鑑賞者の情動に働きかけるのか、そのメカニズムが次第に明らかになりつつある。