2024/09/25

ホラー映画の好きな人

  映画が誕生したのは1895年パリでの上演されたシネマトグラフで、翌年には「悪魔の館」で悪魔や変身するコウモリが登場し、史上初のホラー映画として知られる。その後第一次対戦後ドイツ表現主義の代表作であるサイレントホラー映画「カルガリ博士」が作られた。人の精神の内側を絵画的な映像で表現する、心理的な不安感を視覚的に訴える作品であった。その後アメリカで、フランケンシュタインや魔人ドラキュラ、透明人間、などのモンスター作品が制作された。


 その後のハリウッド映画では、エイリアン、ジョーズ、ジュラシックパークが有名で人間を襲い捕食する恐怖を掻き立てる。相手のエイリアンは異様な生物、完璧な構造、攻撃本能、人間的モラルは存在しない生物で人間を捕食する。ジョーズは文字通り人喰いザメであり、ジュラシックパークのモンスターは共同で捕食する恐竜の集団であった。これらは人の捕食に対する恐怖心やエイリアンのように何をするか予測できない相手に遭遇した時に不安感を呼び起こす。


 恐れ、恐怖心は起こりうる悪いことから身を守るために生まれた進化上のメカニズムである。生存のために必要な、 恐怖記憶を含む情動記憶は扁桃体で処理される。自律神経の支配する心臓の動悸や血圧を上昇させ、アドレナリンが分泌される生理的反応が起こる。これが恐怖の体験で最初に起きる反応で、その後に前頭葉が海馬の記憶と照らし合わせて合理的判断をする。 


 恐怖の感情の中枢である扁桃体は目新しいものによく反応し、視界の中心でなく視野の周辺にあらわれた怖い顔や影に即反応する。その2倍の時間をかけて恐怖の解釈が脳で始まる、そのため目にしたものに対する早い反応は脅威としてまず物事を認識して、その後で自分が何を見ているのかをゆっくり判断する。自分が扁桃体が保存する恐怖の記憶は、その状況の詳細な場面よりも、感情や感覚の情報に重点が置かれる。


 2009年にエイリアンやシャイニングを見た人の脳の様子を調べた研究では、扁桃体の動きは活発化しなかった。リアルな恐怖体験とスクリーン上の恐怖体験は別物で、恐怖反応よりも登場人物の窮状からの脱出に脳が反応していることがわかった。ホラー映画に人の脳は恐怖を感じ身体が反応するというより、軽い興奮状態になり、交感神経系は反応する。しかし前頭葉の大脳皮質は状況を理解して、安全な映画館で映画を見ていると判断している。恐怖の続くシーンで緊張していた観客はモンスターが負け人間が勝利した途端に、別の安堵の感情と満足感が込み上げる。


 結局、恐怖映画は人間の情動反応に働きかける。人は、暗闇に対する恐怖心を持っていて、夜に捕食者に遭遇することを避けるようになり、蛇とか蜘蛛などの毒を持った生物を避け危険な状況に陥らないように進化してきた。ホラー映画はその反応に働きかけ暗闇に恐ろしい異様なあるいは恐怖を起こす生物が現れ、人々を襲うシーンが不気味な音楽と共に始まる。しかし映画で観客はそれがフィクションであることを脳で理解している。そしてホラー体験の危機が去ったことを認識すると、脳はドーパミンを放出し、安堵感に伴う快感を感じる。ジュラシックパークはそれほど恐怖感を起こさない、ディズニーランド気分で見られる理由は人の脳の反応で、同じスピルバーグの初期の作品「激突」の方が追われる恐怖感ではむしろ上回っている。


 

 ホラー小説や詩や短歌俳句はではどのように人の心に働きかけるのか。古くから恐怖の場所地獄は世界中の宗教物語に登場する。19世紀に入ると映画化されたフランケンシュタインやドラキュラそして、エドガーアランポーの小説が出版され世界中の多くの読者を惹きつけた。 廃墟や薄暗い森の古い館を舞台にして「アッシャー家の崩壊」で妹の殺人と自らの死の恐怖を描き、「黒猫」人の心の狂気を描いた。またモルグ街の殺人のモンスターなど、その後も多くのホラー小説に影響を与えた。


 小説では物語を読者が想像力によって再構築し、前頭葉によって過去からの記憶を呼び覚まし、扁桃体を通して恐怖感は生み出される。

 

亡き母の真赤な櫛で梳きやれば山鳩の羽毛抜けやまぬなり


見るために両瞼をふかく裂かむとす剃刀の刃に地平をうつし   寺山修司


 小説に比べ短歌は感情を描写する力がより強い。原始的で本能的な情動系は大脳の前脳全皮質で普段は制御され抑制されている。寺山修司は短歌で意識の下の情動を呼び起こし、表現した。

 

赤き火事哄笑せしが今日黒し


薔薇の家犬が先ず死に老女死す   西東三鬼


芋虫の一夜の育ち恐ろしき     高野素十


戦争が廊下の奥に立ってゐた    渡邉白泉


 俳句ではさらに少ない言葉の連なりに人が反応し、そのその言葉の連想記憶で感情を呼び覚まし、不気味さや恐怖を呼び起こす。作者は情動を動かすも物語をつくり、読者はそれに共感する。それぞれの脳の活性化される分野の違いが、ホラー小説を生み出し、推理小説や冒険小説となり、教養小説になる。 

2024/09/11

人はなぜ印象で判断するのか

 人間は瞬時の直感的判断と、熟考による理論的な判断と二つの経路使って世界を理解する。

                          ダニエル カーネマン 


 普段人は頭の中で浮かぶ考えや印象、感情はほとんどどこから出てきたのかわからないままに、意識の中に浮かび上がってくる。日常生活のほとんどはこの自動的な速い思考でおこなている。人間の意識は脳の働きを完全にわかっているわけではない。この印象による判断は、無意識的であり時々思い込みによってバイアスが生まれる。それは、長い生存のために人類の進化の過程で作り出されたものである。人は、進化の過程で、生き残るために、まず、近ずいてくるのが敵か味方かを一瞬にして判断する必要があり、そして人であれば怒りの顔か、友好的な顔か直感的に思考判断する必要にせまられる。味方であればこれに近づき、敵であればこれから逃れようとする。そしてまた異変に気がつく前に行動していることがある人の体に危険が迫ると、不快な感情や不安感が自覚しない間に起き、危険を回避する反応が起きる。そして思考も、速い思考と呼ばれるシステムを使って無意識に物事を判断して行動する。


 この直感的思考の特徴は、 まず最初、人間は物事を見て二つの事柄があるときその因果関係を、素早く結び付けて、印象で判断する。限られた情報を、組み合わわせ辻褄の合うパターンとして組み立てるためにそれが不適切で、時には間違って使うことがある。当然その時記憶にない情報は判断の材料にならないし存在しないことになる。しかし、情報が本当かどうかとか、知らない事実があるかは直感的判断では、あまり気にしない。

 そしてこの速い思考の特徴は、くり返されて経験している、慣れ親しんだものを好むこと。 最近経験したことや、鮮明に残った記憶が無意識にその直感的判断に影響を与えること。新しい情報を処理するのに、最初の印象に影響されやすいことなどがある。そして、何より気分が判断に影響する。この感情や情動が思考と強く結びつくのは人の脳の中で生まれた、進化の産物である。


 レントゲン診断医が、同じX線写真を別の機会に見せられた時、20%で正常と異常の判断が前回と異なったという古くからの報告がある。そして、新生児の生死の予想は以前はそれぞれの医者や産婦人科医の判断で、その赤ちゃんが危険な状態か、どうかを決めていた。1953年麻酔医のアプガーは簡単で誰もが使える評価の方法を考えた。心臓の拍動数、呼吸の様子、刺激に対する反応、筋肉の緊張の度合い、皮膚の色を状態によって3段階に分け、生後の1分ごと5分後の二回評価する方法で、今でも古典的なアプガル スコアが優れた経験者よりも確実なアルゴリズムがあることがわかり、使われている。

 さらにカーネマンはイスラエル国防軍心理学部門に勤務中のイスラエルの軍人の適性を判断し、どの部隊に所属させるかを面接を行い、話を聞き、そして相手のまなざしや表情話の内容から軍の面接官が決めていた。しかしこの印象判断では、良い結果が得られなかったのでカーネマンは改革をおこなった。同じ質問を面接官がするように標準化した。そしてリーダーシップ、チームワーク、ストレス耐性の能力や特性の評価を数値化し、さらに複数の面接官が独立した評価をした。


 人は即時に反応が必要な時、生まれつき備わっている感情と印象判断の経路を使っている。おそらく多くの動物たちにもこのシステムがあり、地球上で生存してきた。 その後、第2の回路を使って、情報は前頭葉の前皮質に到達し、知覚と経験や記憶とてらしあわせて整頓する。この能力が人類では非常に発達している。この前頭前野は他の脳の部位より一億年ほど後に発達し、脳の大きなスペースを占め、計算、知的な思考、事実を確かめるといった他の生物にはない知的活動の司令塔である。ここで生まれる遅い思考は、努力、セルフコントロールを必要とする。、長く続けるためにかなりの努力が必要で、消耗して、疲れてくると、頭を使わない惰性でできる、いつもの方法をとるように頭は働く。


 人々が豊かになった世界で感性や直感的判断に訴える方法、コストや品質以上のより価値のある品物、ブランド品が世界的に流行し始めた。ブランド品は人々の感情や直感に働きかける。企業は商品の質よりまずブランドを生み出さなければならない。一番大切なのは感情に訴えるデザインそしてコンセプトである。 その始まりはフランスのエルメスやルイヴィトンといった高級ブランドで、20世紀の後半になると新しい企業がアメリカに登場しブランド戦略で世界を席巻した。ナイキやアップルやスターバックスで、まずそれらの会社は全く新しいアイデアやブランドを確立して、消費者の心をつかむ、その戦略は、人間の本性である、印象と帰属意識と憧れで、人はその品物を買い、ライフスタイルもまたブランド化された。さらに最近では政治もまた、ブランド商品と同じマーケット手法で人々の気分に訴えかけるようになってきた。新聞や文字による情報伝達が主流の時代には、遅い思考を使う必要があった。SNSの時代になると、遅い思考より速い思考と印象が、より重視され世界を動かすようになった。