猿の惑星は、1968年公開された。チャールトン ヘストン演じる宇宙飛行士テイラー達は、宇宙船で帰還中、謎の惑星に不時着した。この惑星は進化した猿が支配し、言葉をしゃべり、英語で、しかも退化した人類は猿に支配されていた。テイラーは生き残った人間を探すために禁断の地を目指し、そこに廃墟となったニューヨークの残骸、自由の女神の像を発見する。
続編ではこの猿の惑星の進化したチンパンジー、コーネリアスとジーラが地球に宇宙飛行士としてやってくる。1961年チンパンジーのハムがアメリカの宇宙船で宇宙飛行を行い、その3ヶ月後、ソ連のガガーリン少佐が軌道を回る宇宙飛行に初めて成功し、翌年にはチンパンジーがアメリカの宇宙船マーキュリー アトラス5号で地球軌道を初めて回った。
1960年代は、アメリカとソ連の宇宙開発競争が華々しく展開された。先行したソ連の人工衛星による人類初の宇宙飛行はアメリカに衝撃を与え、月面着陸のアポロ計画につながる。何よりも当時、核戦争の脅威は現実のものであり、猿の惑星は、その核戦争が起こった後の、地球を描いていた。そこはお互いに争い、退化した人類は生き残るものの、支配するのは言葉を獲得した理性的猿の世界だった。人類は感情に支配されると、文明を滅亡させ、その後の世界は進化し英語を、言葉を獲得した、理性的な猿が支配する文明批判の物語だった。
当時から、チンパンジーなどと人は遺伝的に似ていることはわかっていた、しかしその後人類が、言葉を獲得し、文化を作り、現在の社会を創り上げるまでの詳しい過程は謎だった。最新の遺伝子解析や発掘された遺跡の分析によって、その謎が急速に明らかにされてきた。
誰もが、親と異なる7パーセントの突然変異の遺伝子をもっている。それによって、アフリカ熱帯雨林の類人猿、人科のゴリラやチンパンジーから、600万年前に別れ、進化し、深林からサバンナに出て、ホモ・サピエンスが生まれた。 森林の中で、適応した遺伝子は、森の匂いを嗅ぎ、森の恵みを食料として、進化してきた。現在の人の中にも、言語の生まれる以前の、感情や感覚は残され、他の人科の生き物と共通性が認められるもののその社会は彼ら遠い祖先とは全く別物となった。
以前は森林の中で暮らし緑に囲まれた世界で感情と接触と目を合わせる小集団の間の世界であったものが、ゆっくり歩くのに適した二足脚歩行でアフリカから、ユーラシア大陸を移動し、その後、ネアンデルタール人やその他の原人と呼ばれる人々と遭遇する。そしてネアンデルタール人やデニソワ人などの古代人と交雑しつつ、世界中に広がっていった。現在でも今生きている人類の遺伝子には数パーセントの彼らの遺伝子が混じっている。これら20種のサピエンスのうち現在生き残っているのは人類、ホモ・サピエンス サピエンスだけである。
人類は 森林の小集団から、大きな集団を作り力を合わせて外敵と戦い、厳しい環境も道具と火を使うことによって克服し生き残り、他のサピエンスは滅んだ。大きな集団の社会をつくるのには言葉が必要であった。人は集団が大きくなっても、言語によって意思を伝えることができ、意思の疎通をはかり社会を作った。
言葉によって目の前にない状況を想像できるようになり、隠喩(メタファー)をつかって言葉からイメージを想像できるようになり、言葉によってそれを共有できるようになった。力強い相手は、猛獣のように凶暴である、あるいは嫌な相手にはキツネのようにずるい奴らと表現する。言葉によって異なるものを1つにまとめあげるだけでなく、比喩することで、感情を伴った認識のための区別をつくる
言葉と言うのは世界を切り取って当てはめ、自分の頭の中で整理し、世界を組み立てることであり、言葉で集団をまとめ、呪術で危機を乗り越えた人々は、こうして地球上のあらゆる土地に住み、文化をつくった。
この言葉は死者にリアリティーを与えた。時間を空間と同じようにとらえ、死後の世界や輪廻の思想を産み出した。集団をまとめるためには同じ創造者の子孫であると言う神話あるいは宗教も生まれた。そのことによってうわさ話のできる数十人の集団から数百人数千人、数万人以上の集団をまとめることができた。
その集団が、集団の中での共感する能力と言葉を使い、他の集団と争うようになった。武器を狩猟ではなく、戦いに使い、その武器が発達すると戦争になり、猿の惑星で描かれたように最後には、人類を滅亡に導くことになる。
ユーラシア大陸の人類は、歩いて北に向かいシベリアまで到達し、やがてアメリカ大陸にも渡った。南に向かった人々は、インドネシアの島々を渡ってオーストラリアに、そしてユーラシア大陸の東の端では、北からは樺太を通って、南からは朝鮮半島や海を渡って日本列島にも辿りついた。 最近縄文人の全ゲノムの解読がなされた。縄文人は1万6000年前から3000年前に日本列島に暮らしていた人々で、日本の各地の森で狩猟生活をしていた。その後、3000年前から大陸から弥生人が渡来して混血した。
人はそれぞれの場所に住みつき、次第に大きな集団ができ、共通の祖先を持つ民族ができる。それぞれの民族はその初源の物語を持っている。また、それぞれの宗教もまた創世記の物語を持っている。また国によって、祭政一致の宗教も生まれ得る。そしてそれぞれの国は歴史、正統な国史をつくりだす。
現代においてもこの思想、物語は、どの集団に対する共感性かで異なってくる。血縁か地域か民族か世界か人類かは繰り返し問題となり、国際主義か民族主義かは時代によってどちらかに傾く。しかし、この言葉は、どのようにも言い変えることができるし、フェイク ニュースもできる、また時には物語は虚構を生み出すことがある。
時間をつくった脳は、過去の歴史を認識する。人の行動の軌跡、歴史は、人類同士は争いを繰り返し、地球上の多くの生き物を絶滅させ、技術を発達させてきたことを物語っている。
さらに、同じようにして、未来を想像する。2673年人類の未来は、進化した猿に支配されるのか、あるいは遺伝子操作による新しい生命体の世界になるのか、あるいは、より精巧なコンピューターの世界になるのか。
