2019/05/26

猿の惑星、サピエンスの進化

 
 猿の惑星は、1968年公開された。チャールトン ヘストン演じる宇宙飛行士テイラー達は、宇宙船で帰還中、謎の惑星に不時着した。この惑星は進化した猿が支配し、言葉をしゃべり、英語で、しかも退化した人類は猿に支配されていた。テイラーは生き残った人間を探すために禁断の地を目指し、そこに廃墟となったニューヨークの残骸、自由の女神の像を発見する。

 続編ではこの猿の惑星の進化したチンパンジー、コーネリアスとジーラが地球に宇宙飛行士としてやってくる。1961年チンパンジーのハムがアメリカの宇宙船で宇宙飛行を行い、その3ヶ月後、ソ連のガガーリン少佐が軌道を回る宇宙飛行に初めて成功し、翌年にはチンパンジーがアメリカの宇宙船マーキュリー アトラス5号で地球軌道を初めて回った。

 1960年代は、アメリカとソ連の宇宙開発競争が華々しく展開された。先行したソ連の人工衛星による人類初の宇宙飛行はアメリカに衝撃を与え、月面着陸のアポロ計画につながる。何よりも当時、核戦争の脅威は現実のものであり、猿の惑星は、その核戦争が起こった後の、地球を描いていた。そこはお互いに争い、退化した人類は生き残るものの、支配するのは言葉を獲得した理性的猿の世界だった。人類は感情に支配されると、文明を滅亡させ、その後の世界は進化し英語を、言葉を獲得した、理性的な猿が支配する文明批判の物語だった。

 当時から、チンパンジーなどと人は遺伝的に似ていることはわかっていた、しかしその後人類が、言葉を獲得し、文化を作り、現在の社会を創り上げるまでの詳しい過程は謎だった。最新の遺伝子解析や発掘された遺跡の分析によって、その謎が急速に明らかにされてきた。

 誰もが、親と異なる7パーセントの突然変異の遺伝子をもっている。それによって、アフリカ熱帯雨林の類人猿、人科のゴリラやチンパンジーから、600万年前に別れ、進化し、深林からサバンナに出て、ホモ・サピエンスが生まれた。 森林の中で、適応した遺伝子は、森の匂いを嗅ぎ、森の恵みを食料として、進化してきた。現在の人の中にも、言語の生まれる以前の、感情や感覚は残され、他の人科の生き物と共通性が認められるもののその社会は彼ら遠い祖先とは全く別物となった。

 以前は森林の中で暮らし緑に囲まれた世界で感情と接触と目を合わせる小集団の間の世界であったものが、ゆっくり歩くのに適した二足脚歩行でアフリカから、ユーラシア大陸を移動し、その後、ネアンデルタール人やその他の原人と呼ばれる人々と遭遇する。そしてネアンデルタール人やデニソワ人などの古代人と交雑しつつ、世界中に広がっていった。現在でも今生きている人類の遺伝子には数パーセントの彼らの遺伝子が混じっている。これら20種のサピエンスのうち現在生き残っているのは人類、ホモ・サピエンス サピエンスだけである。

 人類は 森林の小集団から、大きな集団を作り力を合わせて外敵と戦い、厳しい環境も道具と火を使うことによって克服し生き残り、他のサピエンスは滅んだ。大きな集団の社会をつくるのには言葉が必要であった。人は集団が大きくなっても、言語によって意思を伝えることができ、意思の疎通をはかり社会を作った。

 言葉によって目の前にない状況を想像できるようになり、隠喩(メタファー)をつかって言葉からイメージを想像できるようになり、言葉によってそれを共有できるようになった。力強い相手は、猛獣のように凶暴である、あるいは嫌な相手にはキツネのようにずるい奴らと表現する。言葉によって異なるものを1つにまとめあげるだけでなく、比喩することで、感情を伴った認識のための区別をつくる
 言葉と言うのは世界を切り取って当てはめ、自分の頭の中で整理し、世界を組み立てることであり、言葉で集団をまとめ、呪術で危機を乗り越えた人々は、こうして地球上のあらゆる土地に住み、文化をつくった。

 この言葉は死者にリアリティーを与えた。時間を空間と同じようにとらえ、死後の世界や輪廻の思想を産み出した。集団をまとめるためには同じ創造者の子孫であると言う神話あるいは宗教も生まれた。そのことによってうわさ話のできる数十人の集団から数百人数千人、数万人以上の集団をまとめることができた。

 その集団が、集団の中での共感する能力と言葉を使い、他の集団と争うようになった。武器を狩猟ではなく、戦いに使い、その武器が発達すると戦争になり、猿の惑星で描かれたように最後には、人類を滅亡に導くことになる。



 ユーラシア大陸の人類は、歩いて北に向かいシベリアまで到達し、やがてアメリカ大陸にも渡った。南に向かった人々は、インドネシアの島々を渡ってオーストラリアに、そしてユーラシア大陸の東の端では、北からは樺太を通って、南からは朝鮮半島や海を渡って日本列島にも辿りついた。 最近縄文人の全ゲノムの解読がなされた。縄文人は1万6000年前から3000年前に日本列島に暮らしていた人々で、日本の各地の森で狩猟生活をしていた。その後、3000年前から大陸から弥生人が渡来して混血した。

 人はそれぞれの場所に住みつき、次第に大きな集団ができ、共通の祖先を持つ民族ができる。それぞれの民族はその初源の物語を持っている。また、それぞれの宗教もまた創世記の物語を持っている。また国によって、祭政一致の宗教も生まれ得る。そしてそれぞれの国は歴史、正統な国史をつくりだす。

 現代においてもこの思想、物語は、どの集団に対する共感性かで異なってくる。血縁か地域か民族か世界か人類かは繰り返し問題となり、国際主義か民族主義かは時代によってどちらかに傾く。しかし、この言葉は、どのようにも言い変えることができるし、フェイク ニュースもできる、また時には物語は虚構を生み出すことがある。
 時間をつくった脳は、過去の歴史を認識する。人の行動の軌跡、歴史は、人類同士は争いを繰り返し、地球上の多くの生き物を絶滅させ、技術を発達させてきたことを物語っている。
さらに、同じようにして、未来を想像する。2673年人類の未来は、進化した猿に支配されるのか、あるいは遺伝子操作による新しい生命体の世界になるのか、あるいは、より精巧なコンピューターの世界になるのか。


 

2019/05/05

ウォルト ディズニーとマーク トウェイン

 戦後の日本には、アメリカ型の民主主義が取り入れられた。 その中で最も憧れと影響力を与えたアメリカ文化はマークトゥエインの小説とウォルト ディズニーだった。

 ウォルトディズニーは1901年生まれる。1920年に最初のアニメーション映画を作り始め、3年後ディズニー最初の大ヒット映画「不思議の国のアリス」を制作した。
そして、1928年にはミッキーマウス映画「蒸気船ウィリー」がつくられ、みずからその声を演じた。この映画はアメリカ国内だけでなくイギリス、フランスそしてドイツとヨーロッパ中に理想の短編映画として大人気となる。
ミッキーはトーキーの奇跡である。ジャズのリズムで生きている動物。あゆみのひとつひとつがステップ動きのひとつひとつがシンコペーションである。こうして世界中に熱狂的ミッキーファンを生み出した。
 その後1930年代に白雪姫やピノキオの世界的に有名な作品が制作され、戦争中はヒットラーに反対する「総統の顔」「理性と感情」「死ぬ教育」「ニワトリのリトル」のアニメ4作品を生み出し、1943年には「空軍の勝利」が公開された。これはアメリカの鷲が、世界をその手で囲い込もうとするファシストの蛸を何度も空から攻撃するというもので、空軍のシンボルとなる部隊章にはミッキーやドナルドそしてプルートなどが登場した。
 戦争が終わり、1955年、カルフォルニア州アナハイムにこのアニメの主人公をテーマにした遊園地がつくられた。大人も子供も生命の驚異や冒険を体験し、楽しい思い出をつくる場所、いつも清潔で、いつもおいしいものが食べられる空間、ランド内がショーの舞台、家族で楽しめるエンターテイメントの世界、デズニーランドを創り出した。
 その後、アメリカのフロリダにもう一つのディズニーワールドリゾートが建設され、海外にも広がっていった。日本では東京デズニーランドが1983年に埋立地の舞浜の広大な土地につくられ、デズニーシーとともに国内だけでなくアジアの人々の憧れのリゾート地になった。

 そのディズニーランドの中にトムソーヤ島があり、丸太のいかだに乗って冒険の島に行ける。そしてこの島は国外のディズニーランドにも形は違ってもつくられ、冒険が楽しめる。

 アメリカ小説の源流を作ったマーク トウェインは1835年に生まれる。ミズーリ州のミシシッピ河畔に4歳の時から生活し、1869年に「無邪気な外遊記」と「地中海遊覧記」を出版し、  1873年に「金ぴか時代」で人気作家となり、1876年「トムソーヤの冒険」でベストセラー作家になる。
1885年黒人奴隷のジムとイカダで河を下って逃亡し文明から離れミシシッピー河で生活する「ハックルベリー フィンの冒険」を出版。ヘミングウエーが「アフリカの緑の丘」で絶賛したこの物語は、ミシシッピー川の自然と黒人のジムとジムに共鳴するハック少年の心の冒険小説だった。物語の中でユーモアある文章を口語体の簡潔な文体で奴隷制度とアメリカ文明をも描きだした。 

 その後も講演を続け、20世紀初め日露戦争の直前の時代、独立を目指すフィリピンを鎮圧したフィリピン戦争に対して、アメリカの好戦的植民地政策に反対し、反帝国主義連盟に加わり、多くの風刺論文を新聞に発表した。

 
 マークトゥエインは「金ぴか時代」で南北戦争後のアメリカ社会を描き、アメリカ社会に対する鋭い観察眼を持ってその文明を批判的に表現し、その後も自由主義者として政府に批判的であった。
 日本には戦後になって、アメリカ児童文学として紹介される。明るい冒険の物語にアメリカ民主主義の風をミシシッピー河の流れを感じ取り、アメリカの緑の自然の中の冒険ものがりは当時の少年の憧れの世界文学となった。 


 戦後民主主義の下日本の男の子たちは、トムソーヤやハックルベリーの冒険に夢中になり、女の子たちは白雪姫やシンデレラを夢見た。そして平成時代には、東京ディズニーランドとディズニーシーは、日本中から子供たちとその家族、若者そしてあらゆる世代の人たちが非日常の空間を体験するためのリゾート地となった。
 人々はミッキーやミニー、ドナルドやプルートのキャラクターを身につけ、トムーソーヤやハックルベリーは人工の夢の島に再現され、この清潔で安全な環境で、童心にかえって、ディズニーのエンターテイメントを、アメリカの精神を日本化した夢の世界を体験した。その後、しだいに日本以外の中国、韓国、東南アジアの若者を惹きつけ、彼らの憧れの聖地となった。

 それにしても、マークトウェインだけでなく、スターウオーズまで取り込んでしまうディズニーの力は偉大です。
 令和の時代その影響力で、日本はさらに国際化し、幸せで、それぞれが個性的な世界、日本全体がディズニーランド化するかもしれません。