2026/01/25

西欧文明への懐疑 ゴーギャン

  



 人は外の世界を見て、それを脳内で組み立て、感情や記憶を使って物語として組み立てる。絵画はその絵をみた人が、色彩と形態から感情と記憶を呼び起こし、それを頭の中で組み立て直し、解釈して理解する。音楽もまた、その旋律がエピソード記憶に働きかけ情景を思い浮かべさせ、感情を引き起こす。

科学者は、自然を理解するため、自然のなかに意味のあるパターンを求め、それを理解するのに役立つパターンを求めて公式を作る。芸術も科学も、結局人間の想像力、脳のパターン認識の産物であることに変わりはない。そのため時代によってそのパラダイムは変化する。


 ルネッサンス以来、西欧絵画は、奥行きを表すために、二次元のキャンパスに光と影、色調を使って透視図法で視覚を通して、三次元空間を描き出す技法を開発してきた。西欧絵画は15世紀の初めから、19世紀の末まで、人物や自然の世界を3次元に広がる空間の中にある、区別でき、はっきりとした形として描いた。

 印象派から、やがて後期印象派に移る頃、この3次元の絵画から、平面的な2次元への回帰が起こった。19世紀まで絵画は2次元のキャンパスに3次元の情景を描き、この視覚情報から感情を引き起こし記憶をたどり物語を生み出すことで成り立っていた。


 19世紀の後半になり、そうではない新しい絵画が登場してきた。印象派は、一瞬を切り取って、キャンパスに描く視覚の絵画であった。やがてそれから決別し、平面的で、円形、三角形など単純化して描く絵画、見たものそれぞれの要素に還元してキャンパス上で再構築して描く手法をセザンヌは試みた。

 現実を描写するのではなく平面的で装飾的な色の組み合わせで内面の精神世界をも表現しようとする試みはウイーンのクリムトも始めた。クリムトは、人の心には意識しない無意識の世界があるというフロイトの理論を絵として表現した画家であった

 ゴーギャンもまた正確な3次元世界の模写ではなく、視覚の生み出す表象、光と色と形態がもたらす感情をキャンパス上に描いた。単純化した平面的な形態と色彩を使って、鮮烈な色彩と形の組み合わせのもたらす感情と記憶、それらが心の奥の無意識の世界、神や悪霊を生み出すたましいを呼び起こす。そんな絵画を試みた。西欧文明を脱出し、キリスト教文明に影響されない、原初の人々の生活、彼らの神話の世界を絵画で表現した。言葉で神話をつくるように、絵画で神話の世界を描き、原初の自然と一体化した人々の生きる世界で暮らし、人間の根源に迫る絵を生み出した。


  ゴーギャンは、当時の資本主義化された社会、ブルジョアの支配する社会、キリストの支配するフランス社会に、反発と嫌悪感を募らせていた。 1889年の黄色のキリスト像は、近代社会に磔にされるゴーギャン自身と、信仰を失った周囲の人々を、フランスのブルターニュ地方の畑ののなかに象徴として表現した。発表当時はまったく評価されなかった。その表現の拙さ、キリスト像の黄色の非現実性、平面的描写は当時の絵画の常識から外れていた。50年後、フォービズムやキュービズムや抽象画が絵画の世界で認められ、これらの先駆的な絵としての評価されたるようになった。


 ゴーギャンはタヒチ島に移住し、近代化されていない原始的と見られるポリネシアの人々の神話と、生活の中に生命の意味を見出した。一度めのタヒチ滞在1891年6月から1893年6月までタヒチで暮らし50点の絵画を創作した。そこにはタヒチの自然、精霊、信仰の世界があった。それを原色を使い、その強烈な色彩で、空間を構成し、平面上の2次元の空間に転生輪廻する時間を描いた。ゴーギャンは画家の目指すものとして、燃え立ってはいるが、やわらかな、静かな空気を表現し、魔術的な和音が、魂の最も深い部分に響いてくるように描いたと述べ、そして絵は線と色彩の組み合わせによる音楽であり、生活や自然から借りた主題は本質ではないと語っている。 これらの作品を1893年にパリの展覧会で発表した。ドガやマラルメには評価されたものの一般の人の評価は低かった。


 象徴派の詩人シャルル モリスとともに「ノア ノア」を描いて1897年その抜粋を雑誌に発表した。テウラと結婚し、小泉八雲がせつから聞いた日本の民話をもとに小説を書いたように、テウラの語るマオリの神話を聞いて絵画や木版画を制作した。大地は終わり、人間は死ぬであろう、そして再び生まれることはないだろう、しかし月は決して終わらないであろう。こうして「テポ 夜」や「宇宙は創られた」「神」「悪霊の光」「彼女は亡霊に想いを馳せる、または亡霊は彼女に思いを馳せる」などの木版画を制作した。




「死霊はみている」の絵では、「ドアを開けると、ランプは消え、部屋は真っ暗だった。ふいに危惧と不信の気持ちに襲われた。確かに鳥は飛んでいってしまったのだ。素早くマッチをすると私の目に入ったのは、   じっとして、裸のまま、ベッドにうつぶし、恐怖のあまりに目を法外に大きく見開いて、手裏は私を見つめ、しかも私だとわからないでいるようだだった。」と精霊(トウパパウ)への恐怖を絵にした。

 人は生まれつき、死や不安に直面した時、目に見えない霊や神の仕業と解釈する。マオリの世界ではトウパパウが現れると信じる。一人暗闇に残されたテウラはその時悪霊をみじかに感じた。女たちは普通に横たわり子どもは遊び老女は沈黙している。そして背景に神像や精霊が立つ。神は人間のすぐそばに佇む存在として描かれる。


 我々はどこから来たのかでは、「我々はどこからきたのか」右に赤ん坊としゃがんだ女性、中央には「我々は何者か」成熟した女性がリンゴを摘む姿を、左に「我々はどこに行くのか」老女と死の象徴という構図で、時間の流れを一枚の画面の中に描いた。ゴーギャンの死後約10年、ヨーロッパは第一次次世界大戦に突き進み西欧資本主義、キリスト教文明は崩壊する。

2026/01/01

感情、時間と空間の誕生

 




 神経調節物質は、人間が出現するはるか以前に進化していた。神経調節物質と感情のつながりは、線虫やミミズにも認められる。極小の神経系を持つ線虫。このシンプルな脳にもドーパミンとセロトニンの初期の機能が認められる。

 線虫のドーパミンニューロンは頭から小さな突起を伸ばし、その中に餌を感知するためだけに設計されたレセプターがある。これらのニューロンは餌を見つけると、その脳内にドーパミンを流し込む。それが数分続き、ドーパミンがふたたび低下して、線虫が逃走状態になるまで数分間続く。線虫のセロトニンニューロンには、喉に食べ物があることを感知するレセプターがあり、十分なセロトニンが放出されると、満足の状態が誘発される。 この原初の線虫の脳内の、ドーパミンとセロトニンの機能はミミズ、魚、ラット、人間に共通に認められ、感情的状態を起こす物質である。


 やがてこれらは進化して、ドーパミンは快楽そのもののシグナルではなく、人にとってはあるいは動物にとって、将来快楽が得られるだろうという予兆のシグナルになる。初期の生物のドーパミンが近くに良いものがあることの伝達シグナルから、脊椎動物に進化する過程で、物事がどれだけ良くなりそうかを予想し、その行動に駆り立てる感情を引き起こす。動物が報酬に近づくにつれて、ドーパミンの量は増加し、報酬が手に入ると予想された時にピークに達する。一方、セロトニンは報酬の追求を抑制する、満足を引き起こす。安堵と失望の感情はここから生まれる。


 パーキンソン病は、典型的な症状として運動を開始しにくい症状がある。この症状は、行動を起こすか、起こさないかを決める大脳基底核が障害され、行動が開始しにくくなる。

 脊椎動物の脳では、ドーパミンの放出はまず視床下部によってコントロールされる。寒い暑いを感知して、体が震えたり汗をかいたりする、そしてカロリーが必要なとき空腹を感じる。外的な刺激に反射的に反応する。視床下部は感情的反応と関連した体の機能を自動的に調整する。この視床下部がドーパミンニューロンに繋がっていて、感情の執行機関となる。

 視床下部が幸せだと、大脳基底核はドーパミンで溢れ、視床下部が機嫌が悪いと、大脳基底核のドーパミンが欠乏してしまう。この大脳基底核にはドーパミンからの刺激を受け取るレセプターがある。そしてドーパミンの放出が多くなるような行動を起こさせる。そして、ドーパミンの少なくなる行動は抑制される 。


 動物による薬物依存の研究がおこなわれている。サル、ラット、ハエなどそれらの動物は薬物に容易に依存するようになる。報酬とは接近行動を起こし、注意を向け、エネルギーをを注ぐ対象や出来事で、その行動はドーパミンによって引き起こされる。薬物によって脳内のドーパミンの量は持続的に増加し、高揚した気分を起こさせる。やがて薬物によっってドーパミンがシナプスから取り除かれなくなり、報酬系は薬物に乗っ取られ、依存症が出来上がる。


 敵に遭遇したときに闘争逃走反応を引き起こすのがノルエピネフリン、オクトバシン、アドレナリンでこれらが分泌され、心拍数を増加させ、血管を収縮させ、瞳孔を開き、睡眠、生殖、消化を抑制する。筋肉にエネルギーの消費を集中し、危機に対応するそのために様々な活動を停止する、細胞の成長を停止し、消化をやめ、生殖活動や免疫系も抑制される。これが急性のストレス反応である。

 しばらくしてこれに対抗して、このストレス反応を回復させる物質、オピオイド(麻薬物質)が分泌され回復に向かう。免疫反応、食欲、消化機能をもとに戻す。そして負の情動ニューロンを抑制し、痛みを抑制する。オピオイドは快楽を増やし、痛みを抑制する。


  5億年前のカンブリア紀の水中には、太い海藻に似た植物、珊瑚、そして脊椎動物の祖先それらと巨大な節足動物「アノマロカリス」砂の中で捕食の機会をうかがっていた。その捕食を逃れる能力を初期の脊椎動物は獲得した。この時期カンブリア爆発と呼ばれる、進化の加速が起こり動物は多様化した。


 このカンブリア紀の生存競争に生き残るために、脳を持つ動物が現れ進化した。単純な線虫などの左右対称の動物から、魚のような脊椎動物に進化した。これらの初期の脊椎動物の脳では、多くの新しい脳の構造を備えていた。 それは一個のニューロンが特定のものに対応するのではなく、ニューロンのパターンを脳が解読することができるようになった。そして捕食者の匂いを覚え、捕食者の姿を捉え、すばやく逃げることができた。こうして初期の脊椎動物は原始の海を生き延びることができた。


 3億8000年前、節足動物に遅れて脊椎動物の一部が陸に上がった。5感による情報を集めて中枢神経によって情報を処理する仕組みは年月と共に進化していった。自然界の様々な刺激、雑音を脳でまとまりに分解してそれを時間と空間の中に配置する必要がある。この世界を脳がどのように捉えるかが問題となる。

 蛙の脳は世界は明滅する影とあかりの世界で、それによってハエを捕え、鳥から逃げる。爬虫類は陸上生活に様々な形で適応した。初期の爬虫類の視覚は、哺乳類と異なり、視覚の情報は主に目の網膜でなされ、小さい脳は情報処理にはあまり役には立たず、蛙の視覚によく似たものと想像される。脊椎動物はその後、体は様々に進化したものの、脳の発達は何億年も停滞した。今生きているの魚類と爬虫類の脳はほとんど同じであった。一方、哺乳類は昼間の捕食者の支配する世界を避けて夜間に活動するために新皮質ができ、聴覚や臭覚を長距離感覚として進化させていった。聴覚は空間ではなく、時間的な幅を持った情報を扱い、それを脳が解釈する、すなわち空間の地図と同じように時間を扱う必要が生まれた。こうしてバラバラの刺激のまとまりのないパターンから時間と空間の中にある物体という知覚が生まれた。


 哺乳類や鳥類そしてタコなど、多くの動物で人間のような言語は持たないが、知的な活動ができる。それは強力な世界モデルを学習する能力であり、それによって自分の行動の結果を予測し、目標を達成するための行動を探索し、計画する。

 大脳皮質は感覚を通して世界を認識する。そしてそれを時間と空間の中で再構築する。そして想像して、予想する。新皮質は外界の内的なモデル、世界モデルを創り出す、周りの現実世界から切り離された、そこにはないものを想像する、想像力、すなわち未来の可能性を描き出し、過去の出来事を生き返らせる能力が生まれた。


人類は長い年月をかけて進化を遂げた脳のおかげで、我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのかに関心の持つ唯一の生物になった。