人は外の世界を見て、それを脳内で組み立て、感情や記憶を使って物語として組み立てる。絵画はその絵をみた人が、色彩と形態から感情と記憶を呼び起こし、それを頭の中で組み立て直し、解釈して理解する。音楽もまた、その旋律がエピソード記憶に働きかけ情景を思い浮かべさせ、感情を引き起こす。
科学者は、自然を理解するため、自然のなかに意味のあるパターンを求め、それを理解するのに役立つパターンを求めて公式を作る。芸術も科学も、結局人間の想像力、脳のパターン認識の産物であることに変わりはない。そのため時代によってそのパラダイムは変化する。
ルネッサンス以来、西欧絵画は、奥行きを表すために、二次元のキャンパスに光と影、色調を使って透視図法で視覚を通して、三次元空間を描き出す技法を開発してきた。西欧絵画は15世紀の初めから、19世紀の末まで、人物や自然の世界を3次元に広がる空間の中にある、区別でき、はっきりとした形として描いた。
印象派から、やがて後期印象派に移る頃、この3次元の絵画から、平面的な2次元への回帰が起こった。19世紀まで絵画は2次元のキャンパスに3次元の情景を描き、この視覚情報から感情を引き起こし記憶をたどり物語を生み出すことで成り立っていた。
19世紀の後半になり、そうではない新しい絵画が登場してきた。印象派は、一瞬を切り取って、キャンパスに描く視覚の絵画であった。やがてそれから決別し、平面的で、円形、三角形など単純化して描く絵画、見たものそれぞれの要素に還元してキャンパス上で再構築して描く手法をセザンヌは試みた。
現実を描写するのではなく平面的で装飾的な色の組み合わせで内面の精神世界をも表現しようとする試みはウイーンのクリムトも始めた。クリムトは、人の心には意識しない無意識の世界があるというフロイトの理論を絵として表現した画家であった
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ゴーギャンもまた正確な3次元世界の模写ではなく、視覚の生み出す表象、光と色と形態がもたらす感情をキャンパス上に描いた。単純化した平面的な形態と色彩を使って、鮮烈な色彩と形の組み合わせのもたらす感情と記憶、それらが心の奥の無意識の世界、神や悪霊を生み出すたましいを呼び起こす。そんな絵画を試みた。西欧文明を脱出し、キリスト教文明に影響されない、原初の人々の生活、彼らの神話の世界を絵画で表現した。言葉で神話をつくるように、絵画で神話の世界を描き、原初の自然と一体化した人々の生きる世界で暮らし、人間の根源に迫る絵を生み出した。
ゴーギャンは、当時の資本主義化された社会、ブルジョアの支配する社会、キリストの支配するフランス社会に、反発と嫌悪感を募らせていた。 1889年の黄色のキリスト像は、近代社会に磔にされるゴーギャン自身と、信仰を失った周囲の人々を、フランスのブルターニュ地方の畑ののなかに象徴として表現した。発表当時はまったく評価されなかった。その表現の拙さ、キリスト像の黄色の非現実性、平面的描写は当時の絵画の常識から外れていた。50年後、フォービズムやキュービズムや抽象画が絵画の世界で認められ、これらの先駆的な絵としての評価されたるようになった。
ゴーギャンはタヒチ島に移住し、近代化されていない原始的と見られるポリネシアの人々の神話と、生活の中に生命の意味を見出した。一度めのタヒチ滞在1891年6月から1893年6月までタヒチで暮らし50点の絵画を創作した。そこにはタヒチの自然、精霊、信仰の世界があった。それを原色を使い、その強烈な色彩で、空間を構成し、平面上の2次元の空間に転生輪廻する時間を描いた。ゴーギャンは画家の目指すものとして、燃え立ってはいるが、やわらかな、静かな空気を表現し、魔術的な和音が、魂の最も深い部分に響いてくるように描いたと述べ、そして絵は線と色彩の組み合わせによる音楽であり、生活や自然から借りた主題は本質ではないと語っている。 これらの作品を1893年にパリの展覧会で発表した。ドガやマラルメには評価されたものの一般の人の評価は低かった。
象徴派の詩人シャルル モリスとともに「ノア ノア」を描いて1897年その抜粋を雑誌に発表した。テウラと結婚し、小泉八雲がせつから聞いた日本の民話をもとに小説を書いたように、テウラの語るマオリの神話を聞いて絵画や木版画を制作した。大地は終わり、人間は死ぬであろう、そして再び生まれることはないだろう、しかし月は決して終わらないであろう。こうして「テポ 夜」や「宇宙は創られた」「神」「悪霊の光」「彼女は亡霊に想いを馳せる、または亡霊は彼女に思いを馳せる」などの木版画を制作した。
「死霊はみている」の絵では、「ドアを開けると、ランプは消え、部屋は真っ暗だった。ふいに危惧と不信の気持ちに襲われた。確かに鳥は飛んでいってしまったのだ。素早くマッチをすると私の目に入ったのは、 じっとして、裸のまま、ベッドにうつぶし、恐怖のあまりに目を法外に大きく見開いて、手裏は私を見つめ、しかも私だとわからないでいるようだだった。」と精霊(トウパパウ)への恐怖を絵にした。
人は生まれつき、死や不安に直面した時、目に見えない霊や神の仕業と解釈する。マオリの世界ではトウパパウが現れると信じる。一人暗闇に残されたテウラはその時悪霊をみじかに感じた。女たちは普通に横たわり子どもは遊び老女は沈黙している。そして背景に神像や精霊が立つ。神は人間のすぐそばに佇む存在として描かれる。
我々はどこから来たのかでは、「我々はどこからきたのか」右に赤ん坊としゃがんだ女性、中央には「我々は何者か」成熟した女性がリンゴを摘む姿を、左に「我々はどこに行くのか」老女と死の象徴という構図で、時間の流れを一枚の画面の中に描いた。ゴーギャンの死後約10年、ヨーロッパは第一次次世界大戦に突き進み西欧資本主義、キリスト教文明は崩壊する。