2016/02/19

「獺祭書屋」正岡子規「獺祭魚」李商隠




無題

 八歳偸照鏡  八歳 にしてひそかに鏡に照つし
 長眉已能画  長眉 已に能く画く
 十歳去踏青  十歳 にして去きて青を踏み
 芙蓉作裙扠。 芙蓉 裙扠を作す     *裙扠を作す スカートにつける
 十二学弾箏、 十二 にして箏を弾くを学び
 銀甲不曾卸。 銀甲曾つて卸さず     *銀甲 鹿の骨でできた琴の爪
 十四蔵六親、 十四 にして六親に蔵る   *蔵る 身をかくす
 懸知猶未嫁。 懸めて知る 猶お未だ嫁がざるを *懸知 予想して知る
 十五泣春風、 十五にして 春風に泣き
 背面鞦韆下  面を背く 鞦韆の下       *鞦韆 ぶらんこ

                                                                                                               李商隠

 正岡子規に見られるように、明治の文学者は幼少時漢学の教養を身につけていた。時代が変わり、教養の体系が漢学から西洋の学問に、詩は漢詩から新体詩に変貌し、ある人は短歌をある人は俳句へとその表現の形式を変えていった。
 しかし、その詩のもとになる詩想は漢詩が確固として残っていた。また、蕪村や芭蕉も漢詩をもとに多くの俳句を詠んでいる。こころの中の意識にうかぶ情感や*「魔法の青い玉」は同じで、表現があるときは漢詩となり、あるときは新詩体をとり、和歌や俳句となっていく。言語の分析はいまこの魔法の青い玉の謎解きにむかっている。
 
 正岡子規
5才にして4書5経の漢学教育をうける。 母方の祖父大原観山は漢学者であり教養、感情の教育は漢学で行われた。

11才にして漢詩を詠む。
                      
一聲孤月下  一声 孤月の下
啼血不堪聞  血に啼いて 聞くに堪えず
半夜空欹枕  半夜 空しく枕を欹(そばだ)つ
古郷萬里雲  古郷 万里の雲                        

15才にして東京に出る。自由民権思想に触れ、政治演説に熱中し、学風があわぬといって松山中学を中退し、都会をめざす。
20才にして、俳句を始める。
     虫の音を 踏わけいくや 野の小道

そののち7草集をつくる。漢文、漢詩、和歌、俳句を収め、夏目漱石はこれを漢詩で好意的に批評する。
25才にして、「獺祭書屋俳話」を日本に連載し始める。ここで連歌から俳諧を歴史をさかのぼり解説し俳句革新運動の端緒となる。

 唐末の詩人、李商隠は「獺祭魚」と号した。これはカワウソが獲った魚を食べる前に、岸に並べる習性があるように詩をつくる前に、多くの書物を並べ参考とした。書物は、四書五経、史記、漢書以外の多くの通俗的書物をふくみ、このなかから選びだしたおびただしい故事を連ねて詩を構成し、華麗な語句を詩風とした。そして、王安石が評したように、その華麗な表現の奥に深い人間洞察、誠実さがあった。

錦瑟

錦瑟無端五十絃,
一絃一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶,
望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙,
藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶,
只是當時已惘然

錦瑟 端無くも 五十絃     *錦瑟 妻のかたみの大琴
一絃一柱 華年を思う      *華年 青春時代
莊生の曉夢 胡蝶迷い
望帝の春心 杜鵑に托す     *杜鵑 ほととぎす
滄海 月明らかにして 珠涙有り
藍田 日暖かにして玉煙を生ず  *藍田 架空の色あおき山
此の情 追憶を成すを待つ可けんや
只だ是れ 當時已に惘然     *惘然 茫然自失のさま

 昔荘子は蝶になった夢を見て,その自由さに,暁の夢が覚めて後自分が夢か、蝶が夢なのかを疑った。そして伝説の皇帝である望帝は春めく心を杜鵑に托した故事を使い、月の煌煌と照る蒼海の人魚の涙が真珠となり、呉の姫は藍田山にその姿を追えば,烟として消えた物語、虚構の世界を描き、幻想と現実とを交錯させ儚い追憶の思いを唱った。

無題
昨夜星辰昨夜風
畫樓西畔桂堂東
身無綵鳳雙飛翼
心有靈犀一點通
隔座送鉤春酒暖
分曹射覆蠟燈紅
嗟余聽鼓應官去
走馬蘭臺類轉蓬


昨夜の星辰 昨夜の風
画楼の西畔 桂堂の東
身に彩鳳双飛の翼無きも   *彩鳳とは美しい綾きぬのような羽をもつ神鳥
心に霊犀一点の通ずる有り
座を隔てて送鉤すれば 春酒暖かく  *送鉤 手のうちの金属の環の数あて
曹を分けて射覆すれば 蝋灯紅いなり  *射覆 覆われたものを射当てる
嗟す 余が鼓を聴きて官に応じて去り
馬を蘭台に走らせて転蓬に類るを   *蘭台 政府の記録局
                 *転蓬 風に吹かれてころがってゆく草


 過去と未来の時間と、宴の場桂堂から根無し草のように蘭台に馬をはしらせ空間を駆け抜け、移動する語句で詩を構成し,美しい羽根を持つという神綵鳳そして紅の色彩をちりばめた色彩豊かな言葉を使った。彼の詩人として没入した世界は、最もはかなく、うつろいやすい、愛の世界だった。
 多くの故事の想起するイメージ、隠喩を使い、読む人には同じ像を結ぶ「魔法の青い玉」になり、唐の時代の人のこころを動かし、また毛沢東も愛誦し正岡子規や芥川龍之介をも虜にした。

少年
外戚平羌第一功、
生年二十有重封。
直登宣室螭頭上、
横過甘泉豹尾中
別館覚来雲雨夢、
後門歸去蕙蘭叢。
陵夜猟㶚随田竇、
不識寒郊自轉蓬。 

外戚 羌を平らぐ 第一の功
生年 二十にして重封有り
直ちに宣室 螭頭の上に登り 
横ままに甘泉 豹尾の中を過る
別館に覚め来る 雲雨の夢
後門より歸り去る 蕙蘭の叢
㶚陵の夜猟 田竇に随い
識らず 寒郊に自ら轉蓬する

 外戚はその身内から皇后を出して厚遇される貴族の家柄、父は羌討征に第一の勲功あった名将軍。
生まれながらのめぐまれた家系でそだった少年は何にも勲功なしで年二十歳の若さで、重ねて封禄を増される。
門番がいても素通りし、宮庭のきざはしに登る。また天子の行列を強引に横切ったりする。
その貴公子はまた寝所にも行き勝手に振る舞い、眠りから醒めて夕刻、帰ってゆく。

夜はまた猟をすると外戚の田と竇をおともにしてその文帝の陵墓で猟を楽しんでいる。

めぐまれた貴公子は、飛ぶ転び蓬のように、独りころがってゆく者のあることなど知りもしない。

 李商隠は、唐の末期、国は乱れ相次ぐ反乱,異民族の侵入にあった時代を過ごした。政権中枢は政権争いに明け暮れ、唐は衰退にむかっていった。李商隠は政権内部の権力争いに巻きこまれ、風に吹かれてころがってゆく草のように
官職のため漂泊をよぎなくされた。
 そして若くして相次ぐ肉親の死に遭遇する。人々の運命も力の葛藤や権威の変遷とは関係のない、その人の手のとどかないところで決定されてしまう。こういう世界観にたって新たな詩の世界を生み出した。


 

*魔法の青い玉は「フランスのある寓話に、ある貧しい少年が、魔法使いから一つの青い玉を授かった話がある。その玉は、耐え難い不幸に襲われた時に覗くと、世界の何処かで、いま自分が経験するのと同じ不幸を耐えている見知らぬ人の姿が浮かんでくる。その少年は、その玉を唯一の富とし、その映像のみに励まされて逆境に耐えていく、李商隠が夥しい故事を羅列するとき、それは概ね、彼の意識に浮かんだ青い玉の像だと解してよい。それ故に亦、そこに表現される意味が享受者の精神の玉に何らかの像を結べば充分であり、  」
 
          参考 「李商隠」「詩人の運命」   高橋和己著


2016/02/01

「siri」と「中国語の部屋」


人工知能と進化 

長安一片月 
萬戸打衣聲 
秋風吹不尽 
總是玉關情 
何日平胡虜 
良人罷遠征                  李白



 ヘイsiri 「中国語の部屋」とはなんですか。      
 それはジョン サールと言う哲学者が1980年に考えた思考実験の物語です。
 人工知能のプログラムされた中国語の部屋、そこには小さな人間が入っているとします。外の人が小窓から中国語の文を手渡すと、意味が分からなくてもプログラムされた辞書を必死に調べながら、この小さな人は返事を外に投げ返します。
 この部屋の中の小さな賢人は返事はしますが、中国語が解っていません、またこの作業の意味も理解していません、当然考えているとも言えません。 していることは、多くの事例からいかに正しい返事をするかをマニュアルどおりくり返しているだけです。
 外にいる人間はこの部屋には、中国語を理解している小さな人がいて、中国語の返事をしていると理解し、その返答が洗練されればされるほど小さな賢人は確実に中にいると思えてくるのです。

 しかし、人工知能は人間と同じ漢詩を読んでも、月を見ても、砧を打つ音を聞いても彼の意識に像は浮かばず、こころが揺さぶられることはありません。

 動物は進化の過程で外の世界を認識する能力を獲得してきました。 カエルの目は外の景色のうち、動いているものだけとらえます。もし好物のハエでも動かなければ見えないし、カエルにとってこの世に存在しません。ハエも動いてはじめてカエルの世界にあらわれます。また、カエルの目は空から多いかぶさるものにも反応します。これは鳥などの敵の来襲を知るためです。カエルにとって,宇宙は動くものの明暗のパターンだけでできています。
 は虫類も目の網膜で光を感じる能力はあるものの,脳での解析はおそまつで、敵を遠くまで追いかけたり、夕暮れ時には役のたたないものでした。    その後の進化で2つの目が物を立体的にキャチし,3次元の空間で、きっちりとらえるようになります。

 ほ乳類が最初に生きた時代、地上は昼間は虫類や恐竜に支配され、夜しか安全に活動できませんでした。そのため敵をみつけるのに匂いと音にたよっていました。この時期、とくに聞く能力が発達し、いままでバラバラの雑音であった音を頭の中で組み立て、意味のあるメロディーや叫び声ととらえるような仕組み、時間の感覚がうまれました。

 遠くに生き物がいるか判断するのに、感覚からはいってくる多くの情報にいちいち反応しないで、必要なものだけとりいれます。ばらばらにやってくる光の中から目が色と形をとらえ、耳は多くの空気の振動にまぎれている音をとらえます。この形や色、音をブロックのようなまとまりに分解し、頭の中で処理をして、空間と時間の枠の中でそのブロックをくみたてなおします。そして、敵がうなり声をあげておそってくるかどうかを一瞬のうちに判断します。こうして、こまぎれのシーンはひとつにつながり、世界は動く画像として理解され始めました。

 人間になると記憶が脳に貯えられ、こころの中のイメージがさらに豊かになり、時間は空間とおなじような感じであつかえるようになりました。そして過去や未来が生まれ空想し、文字をつらねて言葉がうまれました。それらをくみあわせて詩や物語を生み出しました。

 人が言語を覚える様子は特性があって、2才前後の言葉の爆発期があります,ものの名前を覚える時,自分の見た視覚情報や聞こえてくる聴覚情報などを時間と空間の中で統合して、さらに自分自身のデーターから予測する。
 この自分自身のデーターが重要で、表層の情報のくみあわせの深部にある意味を持つ塊をドンンドンつくっていき、急速に言語を覚え文法をつくるしくみです。今これが何であるかを機械に学習させるディープラーニングというアルゴリズムの研究が急速に進みつつある。
 コンピュータは単語レヴェルでの言葉の頻度分析や解析は得意で、今でも事実を記述することはかなりできるようになってた。しかし、小説を書いたり詩をつくったりはなかなか機械にはできません。
 これは人間の言語能力の根幹にかかわることで、同じ花でも、バラは西欧の文化的背景をもち、牡丹は東洋の文化的背景をもち、この隠喩を使い、他の領域の知識パターンを使い、抽象化をして物語をつくる。この文化的、歴史的背景などの組み合わせる能力はコンピューターにとってはまだ獲得できていません。

 視覚に関しても、進化の過程で、人間の脳は不要な情報は一気に捨ててしまい、必要な情報だけを時間空間の位相空間に配置し、画像を一瞬見て認識する能力が発達してきた。
 人間は顔の表情に対して非常に感度が高く、少しの唇の動き、少しの目の動き、少しの目尻のしわから相手が喜んでいるのか,悲しんでいるのか、恐れているのかを読み取る。これを人工知能がいかに学んで使えるようになるのかが重要で、この機能を待たせるためには、コンピューターでは顔などの画像を数多く教えこんで、どの画像に近似するかを判断できるようにし、さらにその画像の特定の部位に注目して特徴量をつくり出すことが行われています。
 
 アイフォーン のsiri はヘイ シリーといって話しかければ中に入った人工知能が相手をしてくれるのは、すでに日常化している光景です。これは最近のウェッブが急速に発達し人の声や行動がデータとして、蓄積され、しだいに箱の中の小さい人は賢くなってきています。人工知能の最近の進化は急速で、人間の機能に近づく日は遠くない気がします。