無題
八歳偸照鏡 八歳 にしてひそかに鏡に照つし
長眉已能画 長眉 已に能く画く
十歳去踏青 十歳 にして去きて青を踏み
芙蓉作裙扠。 芙蓉 裙扠を作す *裙扠を作す スカートにつける
十二学弾箏、 十二 にして箏を弾くを学び
銀甲不曾卸。 銀甲曾つて卸さず *銀甲 鹿の骨でできた琴の爪
十四蔵六親、 十四 にして六親に蔵る *蔵る 身をかくす
懸知猶未嫁。 懸めて知る 猶お未だ嫁がざるを *懸知 予想して知る
十五泣春風、 十五にして 春風に泣き
背面鞦韆下 面を背く 鞦韆の下 *鞦韆 ぶらんこ
李商隠
正岡子規に見られるように、明治の文学者は幼少時漢学の教養を身につけていた。時代が変わり、教養の体系が漢学から西洋の学問に、詩は漢詩から新体詩に変貌し、ある人は短歌をある人は俳句へとその表現の形式を変えていった。
しかし、その詩のもとになる詩想は漢詩が確固として残っていた。また、蕪村や芭蕉も漢詩をもとに多くの俳句を詠んでいる。こころの中の意識にうかぶ情感や*「魔法の青い玉」は同じで、表現があるときは漢詩となり、あるときは新詩体をとり、和歌や俳句となっていく。言語の分析はいまこの魔法の青い玉の謎解きにむかっている。
正岡子規
5才にして4書5経の漢学教育をうける。 母方の祖父大原観山は漢学者であり教養、感情の教育は漢学で行われた。
11才にして漢詩を詠む。
一聲孤月下 一声 孤月の下
啼血不堪聞 血に啼いて 聞くに堪えず
半夜空欹枕 半夜 空しく枕を欹(そばだ)つ
古郷萬里雲 古郷 万里の雲
15才にして東京に出る。自由民権思想に触れ、政治演説に熱中し、学風があわぬといって松山中学を中退し、都会をめざす。
20才にして、俳句を始める。
虫の音を 踏わけいくや 野の小道
そののち7草集をつくる。漢文、漢詩、和歌、俳句を収め、夏目漱石はこれを漢詩で好意的に批評する。
25才にして、「獺祭書屋俳話」を日本に連載し始める。ここで連歌から俳諧を歴史をさかのぼり解説し俳句革新運動の端緒となる。
唐末の詩人、李商隠は「獺祭魚」と号した。これはカワウソが獲った魚を食べる前に、岸に並べる習性があるように詩をつくる前に、多くの書物を並べ参考とした。書物は、四書五経、史記、漢書以外の多くの通俗的書物をふくみ、このなかから選びだしたおびただしい故事を連ねて詩を構成し、華麗な語句を詩風とした。そして、王安石が評したように、その華麗な表現の奥に深い人間洞察、誠実さがあった。
錦瑟
錦瑟無端五十絃,
一絃一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶,
望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙,
藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶,
只是當時已惘然
錦瑟 端無くも 五十絃 *錦瑟 妻のかたみの大琴
一絃一柱 華年を思う *華年 青春時代
莊生の曉夢 胡蝶迷い
望帝の春心 杜鵑に托す *杜鵑 ほととぎす
滄海 月明らかにして 珠涙有り
藍田 日暖かにして玉煙を生ず *藍田 架空の色あおき山
此の情 追憶を成すを待つ可けんや
只だ是れ 當時已に惘然 *惘然 茫然自失のさま
昔荘子は蝶になった夢を見て,その自由さに,暁の夢が覚めて後自分が夢か、蝶が夢なのかを疑った。そして伝説の皇帝である望帝は春めく心を杜鵑に托した故事を使い、月の煌煌と照る蒼海の人魚の涙が真珠となり、呉の姫は藍田山にその姿を追えば,烟として消えた物語、虚構の世界を描き、幻想と現実とを交錯させ儚い追憶の思いを唱った。
無題
昨夜星辰昨夜風
畫樓西畔桂堂東
身無綵鳳雙飛翼
心有靈犀一點通
隔座送鉤春酒暖
分曹射覆蠟燈紅
嗟余聽鼓應官去
走馬蘭臺類轉蓬
昨夜の星辰 昨夜の風
画楼の西畔 桂堂の東
身に彩鳳双飛の翼無きも *彩鳳とは美しい綾きぬのような羽をもつ神鳥
心に霊犀一点の通ずる有り
座を隔てて送鉤すれば 春酒暖かく *送鉤 手のうちの金属の環の数あて
曹を分けて射覆すれば 蝋灯紅いなり *射覆 覆われたものを射当てる
嗟す
余が鼓を聴きて官に応じて去り
馬を蘭台に走らせて転蓬に類るを *蘭台 政府の記録局
*転蓬 風に吹かれてころがってゆく草
過去と未来の時間と、宴の場桂堂から根無し草のように蘭台に馬をはしらせ空間を駆け抜け、移動する語句で詩を構成し,美しい羽根を持つという神鳥綵鳳そして紅の色彩をちりばめた色彩豊かな言葉を使った。彼の詩人として没入した世界は、最もはかなく、うつろいやすい、愛の世界だった。
多くの故事の想起するイメージ、隠喩を使い、読む人には同じ像を結ぶ「魔法の青い玉」になり、唐の時代の人のこころを動かし、また毛沢東も愛誦し正岡子規や芥川龍之介をも虜にした。
少年
外戚平羌第一功、
生年二十有重封。
直登宣室螭頭上、
横過甘泉豹尾中
別館覚来雲雨夢、
後門歸去蕙蘭叢。
陵夜猟㶚随田竇、
不識寒郊自轉蓬。
外戚 羌を平らぐ 第一の功
生年 二十にして重封有り
直ちに宣室 螭頭の上に登り
横ままに甘泉 豹尾の中を過る
別館に覚め来る 雲雨の夢
後門より歸り去る 蕙蘭の叢
㶚陵の夜猟 田竇に随い
識らず 寒郊に自ら轉蓬する
外戚はその身内から皇后を出して厚遇される貴族の家柄、父は羌討征に第一の勲功あった名将軍。
生まれながらのめぐまれた家系でそだった少年は何にも勲功なしで年二十歳の若さで、重ねて封禄を増される。
門番がいても素通りし、宮庭のきざはしに登る。また天子の行列を強引に横切ったりする。
その貴公子はまた寝所にも行き勝手に振る舞い、眠りから醒めて夕刻、帰ってゆく。
夜はまた猟をすると外戚の田と竇をおともにしてその文帝の陵墓で猟を楽しんでいる。
めぐまれた貴公子は、飛ぶ転び蓬のように、独りころがってゆく者のあることなど知りもしない。
李商隠は、唐の末期、国は乱れ相次ぐ反乱,異民族の侵入にあった時代を過ごした。政権中枢は政権争いに明け暮れ、唐は衰退にむかっていった。李商隠は政権内部の権力争いに巻きこまれ、風に吹かれてころがってゆく草のように
官職のため漂泊をよぎなくされた。
そして若くして相次ぐ肉親の死に遭遇する。人々の運命も力の葛藤や権威の変遷とは関係のない、その人の手のとどかないところで決定されてしまう。こういう世界観にたって新たな詩の世界を生み出した。
*魔法の青い玉は「フランスのある寓話に、ある貧しい少年が、魔法使いから一つの青い玉を授かった話がある。その玉は、耐え難い不幸に襲われた時に覗くと、世界の何処かで、いま自分が経験するのと同じ不幸を耐えている見知らぬ人の姿が浮かんでくる。その少年は、その玉を唯一の富とし、その映像のみに励まされて逆境に耐えていく、李商隠が夥しい故事を羅列するとき、それは概ね、彼の意識に浮かんだ青い玉の像だと解してよい。それ故に亦、そこに表現される意味が享受者の精神の玉に何らかの像を結べば充分であり、 」
参考 「李商隠」「詩人の運命」 高橋和己著
