大国主義の魅惑と小国主義の不人気
「最終戦争論」を唱えた石原莞爾は陸軍シナ通のホープであった。
「最終戦争論」を唱えた石原莞爾は陸軍シナ通のホープであった。
大正時代にドイツ留学し、そこで欧米の軍事哲学を学び、そして自らの理論世界最終戦争論を作り上げた。
「今や人間の歴史の一番大きな変動期というものがきているのです、…
世界は見方によって4つの大きな集団になりつつあり、ソビエトの団りとヨーロッパの団りとアメリカの団りとそうして東亜の団りとです。…
戦の目的は主義の争いとなる。東亜の覇者日本と西欧の覇者アメリカは、最終戦争によって支配の争奪を行う。」時期は「フランス革命から欧州戦争まで明確に百二十五年である。この周期から、欧州戦争のはじめから次の最終戦争の時期までは結論として五十年内外と判断するのである。」と構想した。この空想のような理論はやがて実行にうつされることになる。
石原莞爾は満州事変を立案し,きたるべき世界大戦にそなえ、満州国を日本、中国とは独立した満州人の国をつくると唱えそれを実行した。
日本の満州事変後、反対派は抹殺され,国際連盟からの脱退は国民の大きな支持をうけ、日中事変から太平洋戦争に突入する。後に満州の構想や日中戦争不拡大で東條秀樹と対立し石原莞爾は1938年左遷される。大国主義路線は本人の手をはなれ、政策的にはあいいれない実務家東條内閣の下で実行された。
現在この世界最終戦争論に似た歴史周期説をトランプ政権の理論的支柱であるスチーブン バノンが唱えている。
2010年に製作されたジェネレーション ゼロで「アメリカの歴史は80年のサイクルで周期的に世界大戦のような大変化が起きている、歴史はくり返す、アメリカ独立戦争、南北戦争、第二次大戦そして現在第4の分岐点のなかにあり、次の戦争はせまってきている、戦争は避けられない。」と黙
「アメリカの歴史は四つの節目 高揚、覚醒、分解、危機20年ごとに巡りこの危機は若者の台頭で脱する」という80年単位の循環的歴史観に立つ黙示録的信奉を語り、
「白人のキリスト教文明が有色人種の上にあるのはその価値観と信仰のゆえであり人種や宗教の混じるのは人間を堕落させる。」クリスチャン文明を非クリスチャン文明の上に置いた上
、世界を「白人圏と非白人圏、キリスト教圏と非キリスト教圏と4つに分け,白人クリスチャンが世界を制覇する。」と主張。その思想はヨーロッパの排外主義、国家主義の思想と結びつき、さらには反左翼、反中国の姿勢を打ち出している。
これはモスクワ大学教授アレクサンドルドウーギンのネオ ユーラシア主義に通ずる。「西ユーロッパから東のウラジオストックまでユーラシア大陸はロシア正教という神に選ばれた人びとに約束された土地である」というもので、西ヨーロッパのナショナリズム運動とも連動している。
この思想家バノンの主張は極右のウエッブメディア「ブライト バード ニュース」を通してかなり多くのアメリカ市民に支持されていた。今回の大統領選挙でトランプ陣営の選挙対策本部の最高責任者となり、アメリカのエスタブリッシュメント、主流派に反対し,グローバリズムに反対し多様性に反対する人びとに支持され、そしてトランプ大統領を勝利に導いた。一時は国家安全保障会議の常任メンバーになった。
1921年(大正10年)東洋経済新報の社説で石橋湛山は大日本主義は無価値であり、帝国主義政策をとらず小日本主義に撤するべきと主張した。
「我が国の総ての禍根は、しばしば述ぶるが如く、小欲の囚われていることだ。志の小さいことだ。」といって植民地や満州の保有に反対し、
「もしその資本がないならば,いかに世界が経済的に自由であっても、またいかに広大なる領土を我有しても、我々は、そこに事業をおこせない。ほとんど何の役にも立たぬのである。」「資本は牡丹餅で、土地は重箱だ。入れる牡丹餅がなくて、重箱だけを集むるは愚であろう。牡丹餅さえ沢山出来れば、重箱は燐家から、喜んで貸してくれよう。」
そして当時の日本の貿易額は米国が最大で台湾、朝鮮、満州などの合計額よりも多く、ついでインドやイギリスが貿易相手として重要でありこれらの国との貿易をさかんにし、まず国内の資本を豊かにして、日本の経済的自立をはかるべきと主張した。
また1931年(昭和6年)満蒙問題貫徹の根本的方針で「日本と中国をもとの親睦に戻すためには何が必要か、わが国がこれを解決するためには満蒙における日本の権益を保持する方針を取る限り到底目的は達成できない。それは清朝末期の政治的崩壊の時期を今日見誤って、中華民国が今や日本の幕末と同じように新中国の建設に邁進していることを忘れてはいけない。」
中国の反日行動によって、日本の満蒙政策は硬化し、また日本の満蒙政策によって中国の反日運動は硬化したとして対中国とりわけ蒋介石の中華民国政府との融和を説いた。
しかし,現実の世界では、この国際協調主義は支持されず,不人気になって、大国主義の主張が支持された。経済が混乱して生活がおびやかされる時、社会が不安定になり希望が見いだせなくなる時、これらの変動期、人びとは感情、情念で物事を判断し非合理的な戦争に突入していった。