村上 春樹の小説1Q84に、エリの父親が当時、毛沢東の革命思想を信奉しており、中国の文化大革命を支持していた。その後大学をやめ自給自足のコミューン「さきがけ」をつくる話から物語は展開していきます。
この中国の文化大革命とよばれる時代は1966年から1976年の10年間で、日本では小説の中に描かれた通り、「中国の文化大革命はどれほど醜い、非人間的な側面をもっていたか、そんな情報は当時ほとんど我々の耳には入ってこなかった。毛沢東語録をかかげることは一部のインテリにとって、一種の知的ファッションにさえなっていた。」
日本でもその影響下の党派ができ、後に連合赤軍という閉鎖集団をつくり、悲惨な結末を迎えることになりました。
世界に目を向けると、ほとんど同じ時期にカンボジアでは、毛沢東思想の影響を色濃く受けたポルポトらの急進共産主義者がアメリカの支援をうけたロンノル派の政権を1975年4月にあっさりうちやぶり政権につきました。
カンボジアはベトナム、ラオスとともにフランスの植民地として長い間支配されていましたが、第二次大戦後1954年のシアヌーク国王のもとに独立し、カンボジア王国をつくりました。ところが、1970年にアメリカに近いロンノルらのクーデターがおこり海外滞在中政権をうばわれてしまい、その後ホーチミンルートを断つという名目でアメリカ軍のカンボジア侵攻をゆるし、これがポルポト政権誕生のひきがねとなりました。
アメリカのアカデミー賞受賞映画‘killing field’に描かれたように、名前を表に出さないオンカーが国家を支配し、人民はそのもとに身も心も捧げるものであり、オンカーの指令をうけ実行するのはクメール ルージュの兵士、村の指導者,共産党の幹部でした。ほとんどが貧農出身の若者で、10代も多く見られ、教育程度も低く粗野で,彼らの命令に従わないものは、逮捕や処刑が待っていました。そして字も読めない子供が医師や看護婦になり、中国の裸足の医者をまねていました。国家全体が強制労働キャンプと化し、700万人人口のうち150万以上の人が犠牲になりました。
紅衛兵という、多くの10代の若者が動員され、逆らえば大衆の面縁で自己批判させられ、多くの死者も出した後、1976年4人組の逮捕により中国の文化大革命は終わりを向かえました。
中国の文化大革命、カンボジアのポルポト政権、日本の赤軍派は同時代に多くの若い人たちにも影響を及ぼし、多くの犠牲者を出した共通点があり、最近当時の記録が数多く出版されています。社会条件によっては、夢物語が現実となり国家までも支配してしまう魔力を持ち、個人の夢見た理想主義が現実の政治では、逆に非人間的な組織になってしまうことをこの歴史は物語っています。