汽車に乗って、
アイルランドのようないなかへ行こう。
人々が祭りの日がさを くるくるまわし、
日が照りながら雨の降る、
アイルランドのようないなかへ行こう。
まどにうつった自分の顔を道づれにして、
湖水をわたりトンネルをくぐり、
めずらしい顔のおとめや牛の歩いている、
アイルアンドのような田舎へ行こう。
丸山 薫
アイルランドの島の大部分はかつて巨大なトチノキ、ナラ、カエデの広大な原生林に覆われていた。山岳は急峻でなく、標高1000メートル程で、現在は、泥炭地や低潅木のヒースに覆われる。古来原生林の中は一つの生態系をつくり、枯れた木もまた甲虫類の生活の場となりウサギなどの小動物の住処となり、枝は枯れて地面に落ち、枯葉と共に木々に栄養を与えていた。
アイルランドと同じように、イギリス本島は、大西洋からの西風を受け、湿った空気が嵐となり、丘に吹きつける。急な山がないため平らな土地は、低潅木のヒースの茂みを作り、ひらけた場所に立つ野生のオークなどの木があり、家畜がすむ牧草地になった。排水の悪い多くの場所は湿地帯となった。
17世紀には、造船の為にオークやもみの木は大量に伐採された。1000トンの大型軍艦一隻を造るのに、樹齢100年のオークの木が2000本必要とされた。オーク材は腐りにくく、自然にカーブしているものもあって、船体用の板材として最適であった。さらに、鉄やガラス、あるいは陶磁器、塩の製造にも木材が大量に使われた。こうして、アイルランドもイングランドも古代からの森林は消えていった。
18世紀のイギリスは、国土の多くに水路が造られ、そこを船で木材や穀物さらには塩などを運ぶ、物流の主役は水運だった。1840年から50年にかけて、鉄道が全国に広がる共に、人口も増え、広範な湿原は、排水され、肥沃な土壌の農地に変えられていった。産業革命以降にイギリス全土から90%の湿地は姿を消し、低地のヒースの原野は80%消えた。
イギリスは第二次大戦の時、食料確保のために、原野を酪農と耕地にするため、開墾をすすめ、必要な木材を手に入れるためにさらにオークなどの木々を切り倒した。その代わりに麦畑などの穀物が造られ、そして森林と生垣がわずかに残された。その結果、牧草地は38%くらいあるのに比べ、森林は8%と少なくなっている。20世紀の終わり、国が補助し政策的に進められた農業の合理化、近代的工業型農業の方向はいきずまった。世界のグローバル化で小麦や乳製品は、世界の穀物との競争にさらされ、国の補助金がいくら支えても、将来性の見えない状態になった。
同じ頃,イギリスでは農地の環境的価値を高める、庭園復元のプロジェクトが始まり、それを受けて、耕作地を野生にもどす、クネックパークの野生化計画が2000年に動き始めた。その土地に自生していた種子を採取して蒔き、自然をなすままにし、そこに動物を放った。ハイイロガンは大量の沼地の植物を食べることによって、葦がはびこり、ヤナギが生えて、沼地が消え去るのを防いだ。さらに草食動物によって自然の植生が低木からやがて高木の密林になるのを防いだ。草食動物の野牛、野生の馬、野ブタをその土地に放ち、開けた場所に立つ野性の木、低木、そのまわりを野生の牛、馬が草をはむ牧草地からなる、中世の森林牧草地を復活させた。ここでは植物と小動物と、昆虫とありとあらゆる生物が生息できるようになり、本来の自然が戻ってきた。
樹木の植生は、寒帯では単調、温帯では複雑な生態系をなし、熱帯は生物の多様性がが見られ、動物植物のありとあらゆる種類の宝庫となっている。氷河期に北半球では、氷が南に進み、多くの植物を枯らした。森林は氷河期の影響を受け、北方の森林はその後、生存に勝ち残ったもののみ構成され、単調で、種類は少なく、多様性は失われている。一方、熱帯の森林はどんどんと多様化していった。この多様性こそ地球上の生命の本来の姿だった。
この生物の多様化は、有性生殖による。オスの遺伝子とメスの遺伝子が子孫に半分ずつ受け継がれ、その子孫はさらに4分の1の遺伝子が受け継がれ、多様な遺伝子が混じり、生物の多様性が生まれ、生き残ることができる。植物も生き残るために、有性生殖をする、植物は受粉するための花粉を運ぶ動物、昆虫が必要でこれらは共に進化する。植物は甘く、栄養のある花蜜で動物を惹きつけ、昆虫や鳥は植物の色と香りにひかれて集まってくる。動物がいなければ植物は生きられないし、また植物がなければ動物も死に絶える。
この有性生殖を支える共生の物語は、イチジクとハチの間に見られる。イチジクの若い実の中は、花がうちに向かってついている。その花が受粉すると、成長して種をつくる。これにはイチジクバチの存在が必要になる。雌のハチはイチジクの中に入り実の中の花に卵を産む、そしてそこで雌バチは死んで、卵は幼虫となり、イチジクの実の中でその身を食べて蛹となり成虫になる。そして雄バチはそこから飛び出し雌のいるイチジクに向かう、その時花を受粉させる。
このように1種類のイチジクには、1種類のイチジクバチが存在する、それを介してイチジクは750種類にもわかれ亜熱帯から熱帯地方に広がり、植物として世界中に広く分布し、4000万年も前から生き残り、繁栄した植物になった。さらにこのイチジクの身をコウモリや鳥やそのほかの生物の食糧となっている。この長い時間をかけて出来上がった地球上の複雑な生態系はハチがいなくなったら瞬く間に地球上から消えてしまう。
同じように、このオークの木はその繁殖をカラス科のカケスに頼っている。オークの実は樹齢20年位なってからどんぐりとなって地上に落ちる。そのほとんどは動物に食べられるか、腐ってしまう。やっと根がついても日光が当たらない木の下では育たない。この実が育つためには、捕食者に食べられないために土の中に埋める必要がある。その役割をカケスが果たす、一ヶ月に7500個以上のドングリを集め、元の木から遠く離れた周りに木のない低木の土の中に、50センチほど話して埋める。これを食料として保管しておく。4月から8月のは他に食べ物がたっぷりあるためこのドングリは5月に芽を出し、6月に葉が開く。カケスはひなにこの幼い葉を食べさせる。こうしてカケスによって植えられた苗木は、多くの子孫を残すことになる。
オークの木の根は、樹冠よりはるかに大きく広がっていて、広大な木の根の周りにその生命を支える複雑な共生関係にある菌根の世界がある。この糸状の菌根が、オークに水と必要な栄養素を届ける。そのお返しに植物は炭水化物を与える。これは動物が海から陸に上がった時カルシウムを体内にとどめて使っているのと同じように、水中に豊富にあったリン酸を植物が多くの種類の菌根菌類を使って、取り込み、さらに、分子レベルのシグナルを送って他の木々に化学物質を出させる。
この植物の菌根システムは、動物の体内の免疫系やその他の化学物質の伝達、あるいは腸内細菌の果たす役割に似ている。地球上の生命は、動物も植物も多くの生命体の織りなす非常に複雑で入り組んだシステムでできていて、いまだその全容は解明されていない。自然界には、何百万もの種と相互関係を築いている種が、何百万も存在し、細菌やウイルスも重要な役割を果たしている。この相互依存関係は30億年の年月をかけて作り上げてきたもので、今でも、熱帯雨林や温帯の原生林のちょっとした変化から複雑な変化をきたしうる、その複雑系はそれがどのように変化するか、現在のコンピューターでも描き出せない。この複雑系の中心である森の木がなくなれば生命はすべて消滅する。
この森の木と野生生物の再野生化がイギリスのクネップ試みられ、中世の森が復活した。
参考 英国貴族、領地を野生に戻す イサベラ トウリー著 三木直子訳