2019/06/09

脳の中の出来事


6月を綺麗な風が吹くことよ

                            正岡 子規

 100年前から、特定の音階の音を聞くと、特定の色を感じる人がいることは解っていた。フランスの詩人アルチュール ランボーは母音に色を感じた。同じように、数字を見て色彩を感じたり、味覚から他の感覚を感じ取り、匂いから情動と色彩と自然が呼び起こされる人もいた。 その後、200人に一人は、この共感の変化、共感覚がみられることがわかった。
 そもそも私たちが日常使う言葉には、複数の感覚にまたがる、共感的メタファーたとえば、派手な(うるさい)シャツを着ているとか、鋭い味といった表現がある。これは脳の中で音と味覚と色など視覚を感じる神経の配線がクロスためと考えられる。
 このクロス配線は芸術家、詩人や小説家にこの遺伝子が一般の人に比べて統計では約7倍に見られる。小説家には、脳の中で無関係に思える事柄を結びつける、メタファーを作る技能が秀でていることがわかる。詩人はこの感覚を研ぎ澄まし文字に表現し、俳句はその究極の形といえる。


 交感 

                           ボードレール 悪の華

自然は荘厳な寺院のようだ
列柱は厳かな言葉をおりなし
人は柱の間を静かに歩む
象徴の森をゆくが如くに

遠くから響き来るこだまのように
暗然として深い調和のなかに
夜の闇 昼の光のように果てしなく
五感のすべてが反響する

嬰児の肉のような鮮烈な匂い
オーボエのようにやさしく、草原のように青く
甘酸っぱく 豊かに勝ち誇った匂い

無限へと広がりゆく力をもって
こはく 麝香 安息香の匂いが
知性と感性の共感を奏でる

 人間はネアンデルタール人のいた頃から言葉を獲得した。それは共感覚と同じように聴覚と視覚の間にそなわったクロス活性があり、また手と口にもクロス活性がみられる。脳内で手の動きが舌、唇、口の動きにつながり、ものの形を認識する領域と聴覚がつながり、聴覚から視覚がいっしょに働いて、手招きをし、「アー、アー」と叫んでいたものからある日「ここに来い」という原始的言語が生まれる。
 そして、単純な動作や、ものの名前から、やがて言語は複雑なことがらを表現し、それを連ねて、ロゴス的表現が生まれ、論理を生み出す。
 そして言葉はあらゆるものの扉となった。言葉、単語から色彩を、音とひふの感覚を、そして過去の記憶を呼び起こす。6月の風は、その湿気と、綺麗な緑の、海岸の白南風につながる。
 つながりを持った言葉がたがいに響きあい、音はこだまし、香りをはなち、色彩をきらめかせる、それを受け取った言葉が音や香りや色を無限に広がらせる。やがて深い共通感覚の場所にも及び、部分が共鳴し、詩全体が象徴の森となる。




 人間の脳は本質的に、モデルを作る機械です。私たちはそれに基づいて行動するための有用な世界の仮想現実(バーチャル リアリティ)のシュミレーションをつくる必要がある。そのためにほかの人たちの心のモデルをつくらなくてはいけない。これは脳の中の前頭葉にあるミラーニューロンというと特別なニューロン群で、相手に対する共感力に関係する部位が働いている。人が顔を赤らめるのも、他者の心を理解するためで、人間だけが赤面する。これが障害を受け、他の人の行動の意味が理解できない子供達が、自閉症スペクトラムと呼ばれている。
 
 赤ちゃんは大人の行動を真似する。そして猿や小さい子供は大人の行動を真似する。例えばオランウータンは飼育係りの様子を観察していて、自分で錠を開けることができるようになる。真似をすることで学習していく、この模倣の能力が文化を作り出し、文化を伝えていく。人類は、およそ5万年から7万年前に火を使い、精巧な道具を使い、それを模倣し文化はたちまち伝搬し、さらに儀式や呪術、芸術、を生み出した。

  人は何に対して、愛着を感じ、情動を動かされるのか。病室の患者に、ラブラドールなどの愛玩犬で心の平静を保つ治療がなされています。この愛犬のなにが心を落ち着かせるのか、そのしぐさか、その手に感じるぬくもりか、温かさや毛ざわりか、動きなのか、あるいはその表情なのか。
 最近高齢者の好むロボットの研究で、実際の人間や動物の形をした嘘っぽい愛くるしさより、コロッとした球状の機械の組み合わせが生き物を感じさせることがわかってきた。これを理解するのに特異な脳の損傷によるカプグラ症候群が手がかりを与えてくれます。
 視覚と情動の関係が断たれた非常に稀な脳の障害がカプグラ症候群と呼ばれています。交通事故で頭に怪我をして、こん睡状態から治って、知力も会話もすべて回復して、自分の母親と会った時「この人は私の母とそっくりですが、母じゃありません。母のふりをしている偽物です。」という。電話で話しをしているときは母親として認めるのに、面として会っているときはそれが認められない。この原因は、視覚中枢と情動の中枢である扁桃体の配線が外傷によって切れてしまったために、視覚で母親は認めても、そのとき母を感じる情動が結びつかないためです。そこで、脳は一生懸命解釈しようとして母に似た偽物となる。同じように、形は似ていても情動を伴わない機械や生き物は決してペットとはならないし、アンドロイドは人類にはなれません。



 ライオンに襲われた探検家デイヴィット リビングストンの有名な話に、自分の腕が食いちぎられたのを見ても、痛みはおろか恐怖さえもまったく感じなかった話や、変な痛みの代表としてネルソン提督が切断された手が実在するよう感じると書いたファントムペイン。
 さらに現在でも治療にこまる、反射性の交感神経ジストロフィーと呼ばれていた(現在はCRPS、複合性局所疼痛症候群)持続する痛みがある。小さなけがである、虫刺され、打撲などがきっかけで、しだいに腕全体が腫れて、発赤が起こり、ついには動かすこともできなくなる。腕を動かそうとすると、動きを妨げる強い痛みが起こり、それが学習された痛みとして、麻痺にまで至る。これらは痛みは脳内の出来事で、その仕組みは次第に明らかにされ、治療も進んできました。
 さらに、脳梗塞などで障害された神経が再生や代替されることで、麻痺した手足が回復し、失語症も治る人が出てきました。それは神経そのものの再生をさせる医療によるもので、しだいに臨床に使われるようになってきました。そして言葉の起源や美を感じる脳の解明が、進化的な見方と相まってしだいに明らかにされています。


               参考 V.S.ラマチャンドラン 脳の中の幽霊、ふたたび