2026/05/06

チンパンジーの戦争

 


 霊長類学者だった故ジェーン・グドール氏は1970年代、チンパンジーの「内戦」として知られる最初の事例をタンザニアのゴンベ国立公園での研究中に目撃した。それまで一緒に育ってきたチンパンジーたちが突然分裂し、1974年を境に、対立は俄かに熾烈なものになった。カハマ地区を縄張りとする若いオスのゴディが単独でおとなしく餌を食べていた境界線あたりに、カサケラ地区の6頭のオスが近づき、逃げようとしたゴディは捉えられ10分以上も殴られ、けられ、噛みつかれ出血多量で死んだ。数で優位に立つカサケラ地区の群れが、離脱したカハマ地区の雄を全て殺し、若いメス3頭が連れ去られた。グドールと同僚たちはこれを「4年戦争」と名付け、ゴンベの歴史上最も暗い時代と位置付けた。


 チンパンジーの社会は力が正義であり、下位の者は事の正邪と関係なく、服従を強いられる。そこには人類社会に共通にみられるモラルは見られない。


 チンパンジーの社会では、群れの中では攻撃的行動より融和的行動がはるかに頻繁にみられる。チンパンジーは暴力性や残忍性ををもっているものの、群れの仲間同士の喧嘩が数秒以上続くことは滅多になく、怪我を負わせることはまず無いことが普通で、仲間同士ではほとんどが友好的な行動である。しかしチンパンジーは個体間の優位性の争いと群れの間の軋轢、戦いといった攻撃性は持っていた。

 さらによそ者に対する固有の恐怖感や憎悪感を持ち、自分の群れに帰属する個体と、そうでない個体をはっきり区別している。


 グドールは、人にはある情況下では、どうしても攻撃的に振る舞ってしまう素因がある。人の本性に伴う暗い悪のの側面は遠い祖先の遺伝子につながるものかも知れないと思い始めた、一方、人は望みさえすれば、人の本性である思いやりや利他の精神がこの自己の生物的本性を制御することが確実にできるのではないかと考えた。


最近これと同じような報告がアメリカテキサス州大学のチームによってサイエンス誌で発表された。研究対象は1995年ウガンダのキバレ国立公園で始まった。群れは最初は100匹余りで、次第に大きくなり200匹まで膨らんで、これまで知られている中で最大のチンパンジーの群れになった。

 2015年、ある日、チンパンジーたちは急速に西部と中部の二つのグループに分裂していった。西部チンパンジーは中部チンパンジーよりも攻撃的だ。年間平均で中部チンパンジーの群れの中から成体1頭と幼体2頭を殺害している。最初の致命的な襲撃は2018年に発生し、エロールという名の若い雄のチンパンジーが襲われた。襲ったのはンゴゴの縄張りのほぼ中央付近にあるイチジクの木で餌を食べていた西部チンパンジーの成体の雄5頭だった。

サンデル氏によると、チンパンジーの縄張りが分裂する前は、彼らは縄張り全体を自由に移動できていたが、現在は縄張りが中央付近で二つに分断されているという。境界線は常に変化しており、現在は西部チンパンジーが境界線をさらに東へ押し広げている。19年には2度目の致命的な襲撃が発生。これまでのところ、中部チンパンジーの死者は成体7頭と幼体17頭に上り、さらに14頭が行方不明となっている

  


  チンパンジーは本来、縄張り意識が強い動物だ。通常は雄を中心とする個体がグループを作り、縄張りの境界付近をパトロールしてライバル集団のメンバーがいないか確認する。もし部外者を見つけると攻撃を加える。場合によっては殺してしまうこともある。そして数十頭で集団を作り生活をしている。

 チンパンジーの社会で集団が大きくなりすぎ、多くの個体と良好な関係を維持することは、群れのメンバーにとって困難になっていた可能性がある。チンパンジーには宗教や民族など、人間の戦争の主な原因とされる文化は持っていない。さらにバナナなどの食料も十分あったそれにもかかわらず紛争は起こった。

 チンパンジーの群れの中でなぜ争いが始まったのか。ンゴゴの研究者たちは、2014年に発生した複数のチンパンジーの原因不明の死、2015年のアルファ・メイル(群れを支配する雄)の交代、そして2017年の呼吸器疾患の流行が、社会的つながりの弱体化と群れの分裂につながったと推測している。


 さらにこの結末が、グドールの観察したように強い集団が勝ち弱い集団が全滅するのか、何らかの均衡状態で内戦が終わり停戦状態になるのか今はわからない。


 チンパンジー世界の内戦は、まず社会が分裂すると敵と味方が生まれ、社会が不安定になると暴力が生まれ、数的優位や機会があると攻撃が実行される。人間関係や社会的環境が変化すると、部族間の戦争に発展する人間の戦争と同じような構造が見られる。












2026/05/02

人型ロボット その3

 予測する機械


 2022年チャットGPTの出現によってAIが言語を操れるようになった。その後この機能の急速な進歩とともに、フィジカルAIの開発競争が起こり、現在ヒューマノイドロボット創世期になりつつある。 現在のロボットはすでに視覚 を使って、起こっている状態を推定し、未来を予想して行動ができる。そしてフィードバックで修正するというループを持っている。最近は、ロボットの中に、世界の内部モデルを作る。仮想空間で人間の経験と同じように、学習させ、ロボットが「この動きをするとどうなるか」を内部でシミュレーションするそして行動を決める 機能が開発されている。

 人工的に予測処理の脳を持ったヒューマノイド ロボットができるかは、多くの画像が世界を観察するセンサーとして働き、それを解析して人間の感覚に近いあるいはそれを上回る能力を持ち、感覚と予測を統合して人工の脳の中で世界のモデルが作れるかどうかが重要になる。現在人間の認知機能にあたる推論パターンの理解は急速に進歩している。

 しかし、人間は感覚から感情や記憶を使って状況を理解して行動することができるが、今のロボットはこれが統一できていない。 成功か失敗かは学習し局所的な対応は可能であるが、これは危険かどうか、重要かどうか、といった価値の判断はできない。人間は、どこに注意を向けるか何を無視するかで世界を構成する。ロボットはまだ全入力を均等に扱い、人間でいうノイズ耐性が弱い人「自閉スペクトラムに近い状態」が解決できていない。

さらに、世界を観察して、予測し、意味を解釈して行動に移す機能までは持っていない。この統合して分析する大脳系の役割とロボットの身体を動かす小脳系の統合はまだできていない。

自己モデルの進化

 生物の進化の歴史を辿ると、 最初はかなりシンプルで、生物はどこに自分の体があるか、何が危険か、どう動けば生き延びるかを判断する。次にこの動きをしたら捕食される、こっちに行けば餌があるという動く脳を持った生き物となり、脳は未来をシミュレーションする装置になっていく。 それは一個のニューロンが特定のものに対応するのではなく、ニューロンのパターンを脳が解読することができるようになったためである。

 そして捕食者の匂いを覚え、捕食者の姿を捉え、すばやく逃げることができた。こうして初期の脊椎動物は原始の海を生き延びることができた。5感による情報を集めて中枢神経によって情報を処理する仕組みは年月と共に進化していった。バラバラの刺激のまとまりのないパターンから時間と空間の中にある物体という知覚が生まれた。

 さらに、霊長類などの社会的動物になると協力、競争、騙し合いが生存に直結する。つまり相手のことを予想できる個体が有利になる。相手も「内側の状態」心を持っていると仮定する。たとえばあの個体は怒っている 。攻撃してくるかもしれない。あの個体は見ていない 。食べ物を横取りできる。相手に心があるのなら自分にも「心」があるはず。感情や信念を持って意図して行動する自分が生まれる。そして言葉によってそれが強化れ、 物語によって社会がつくられる。

 自分という存在は、己を知るために生まれたものではなく、生存のために周りの世界を理解する予測制度を上げるために生まれた。世界モデルができるそして、他者モデルができる。行動モデルができる。そしてそれらを統合する必要ができる、結果として「観測者」が内部に生成され、意識は生まれる。

 意識、自己は「理解するため」に生まれたのではなく「予測精度を上げるため」に生まれた。この不確実な世界でずーっと活動を続け、さまざまな活動をする身体を持つロボットは統合して、複雑化すると自己という構造ができてしまう。

感情を持つ機械

線虫のドーパミンニューロンは頭から小さな突起を伸ばし、その中に餌を感知するためだけに設計されたレセプターがある。これらのニューロンは餌を見つけると、その脳内にドーパミンを流し込む。それが数分続き、ドーパミンがふたたび低下して、線虫が逃走状態になるまで数分間続く。線虫のセロトニンニューロンには、喉に食べ物があることを感知するレセプターがあり、十分なセロトニンが放出されると、満足の状態が誘発される。 この原初の線虫の脳内の、ドーパミンとセロトニンの機能はミミズ、魚、ラット、人間に共通に認められ、感情的状態を起こす物質である。

 感情と呼ばれたものは、生物にとっては機能だった。ドーパミンは行動を促し、セロトニンは抑制する。ノルアドレナリンは危機に集中させ、オピオイドは回復をもたらす。

 現在ではAIの強化学習でドーパミン的なものを数式化している。報酬関数はドーパミンの代替となり、注意機構は重要な情報に集中する。さらに「好奇心」を持つアルゴリズムが開発され、未知を探索する動機が生まれつつある。知的好奇心を持った擬似ドーパミン的なものを作り出そうとしている。セロトニン的なやりすぎないAIは研究段階、一方アドレナリン重要な情報に集中することはかなりできている。

そして人間が空腹や疲労や痛みを感情を伴って感じるように、ロボットがエネルギーやモーターの負荷、温度を快や不快の人工的感情のように感じる仕組み、感情に似た制御の機構が機械はそれを、別の形で再現し始めている。

バッテリー残量、モーターの負荷、内部温度——それらは単なる数値ではなく、「避けるべき状態」「望ましい状態」として扱われるようになった。生物が空腹や疲労を感情として経験するように、機械もまた、内部状態を観察し、自分の状態を感じ始めるのかもしれない。