霊長類学者だった故ジェーン・グドール氏は1970年代、チンパンジーの「内戦」として知られる最初の事例をタンザニアのゴンベ国立公園での研究中に目撃した。それまで一緒に育ってきたチンパンジーたちが突然分裂し、1974年を境に、対立は俄かに熾烈なものになった。カハマ地区を縄張りとする若いオスのゴディが単独でおとなしく餌を食べていた境界線あたりに、カサケラ地区の6頭のオスが近づき、逃げようとしたゴディは捉えられ10分以上も殴られ、けられ、噛みつかれ出血多量で死んだ。数で優位に立つカサケラ地区の群れが、離脱したカハマ地区の雄を全て殺し、若いメス3頭が連れ去られた。グドールと同僚たちはこれを「4年戦争」と名付け、ゴンベの歴史上最も暗い時代と位置付けた。
チンパンジーの社会は力が正義であり、下位の者は事の正邪と関係なく、服従を強いられる。そこには人類社会に共通にみられるモラルは見られない。
チンパンジーの社会では、群れの中では攻撃的行動より融和的行動がはるかに頻繁にみられる。チンパンジーは暴力性や残忍性ををもっているものの、群れの仲間同士の喧嘩が数秒以上続くことは滅多になく、怪我を負わせることはまず無いことが普通で、仲間同士ではほとんどが友好的な行動である。しかしチンパンジーは個体間の優位性の争いと群れの間の軋轢、戦いといった攻撃性は持っていた。
さらによそ者に対する固有の恐怖感や憎悪感を持ち、自分の群れに帰属する個体と、そうでない個体をはっきり区別している。
グドールは、人にはある情況下では、どうしても攻撃的に振る舞ってしまう素因がある。人の本性に伴う暗い悪のの側面は遠い祖先の遺伝子につながるものかも知れないと思い始めた、一方、人は望みさえすれば、人の本性である思いやりや利他の精神がこの自己の生物的本性を制御することが確実にできるのではないかと考えた。
最近これと同じような報告がアメリカテキサス州大学のチームによってサイエンス誌で発表された。研究対象は1995年ウガンダのキバレ国立公園で始まった。群れは最初は100匹余りで、次第に大きくなり200匹まで膨らんで、これまで知られている中で最大のチンパンジーの群れになった。
2015年、ある日、チンパンジーたちは急速に西部と中部の二つのグループに分裂していった。西部チンパンジーは中部チンパンジーよりも攻撃的だ。年間平均で中部チンパンジーの群れの中から成体1頭と幼体2頭を殺害している。最初の致命的な襲撃は2018年に発生し、エロールという名の若い雄のチンパンジーが襲われた。襲ったのはンゴゴの縄張りのほぼ中央付近にあるイチジクの木で餌を食べていた西部チンパンジーの成体の雄5頭だった。
サンデル氏によると、チンパンジーの縄張りが分裂する前は、彼らは縄張り全体を自由に移動できていたが、現在は縄張りが中央付近で二つに分断されているという。境界線は常に変化しており、現在は西部チンパンジーが境界線をさらに東へ押し広げている。19年には2度目の致命的な襲撃が発生。これまでのところ、中部チンパンジーの死者は成体7頭と幼体17頭に上り、さらに14頭が行方不明となっている
チンパンジーは本来、縄張り意識が強い動物だ。通常は雄を中心とする個体がグループを作り、縄張りの境界付近をパトロールしてライバル集団のメンバーがいないか確認する。もし部外者を見つけると攻撃を加える。場合によっては殺してしまうこともある。そして数十頭で集団を作り生活をしている。
チンパンジーの社会で集団が大きくなりすぎ、多くの個体と良好な関係を維持することは、群れのメンバーにとって困難になっていた可能性がある。チンパンジーには宗教や民族など、人間の戦争の主な原因とされる文化は持っていない。さらにバナナなどの食料も十分あったそれにもかかわらず紛争は起こった。
チンパンジーの群れの中でなぜ争いが始まったのか。ンゴゴの研究者たちは、2014年に発生した複数のチンパンジーの原因不明の死、2015年のアルファ・メイル(群れを支配する雄)の交代、そして2017年の呼吸器疾患の流行が、社会的つながりの弱体化と群れの分裂につながったと推測している。
さらにこの結末が、グドールの観察したように強い集団が勝ち弱い集団が全滅するのか、何らかの均衡状態で内戦が終わり停戦状態になるのか今はわからない。
チンパンジー世界の内戦は、まず社会が分裂すると敵と味方が生まれ、社会が不安定になると暴力が生まれ、数的優位や機会があると攻撃が実行される。人間関係や社会的環境が変化すると、部族間の戦争に発展する人間の戦争と同じような構造が見られる。