2022/01/14

ニュージーランド 氷河スキーと環境


  ニュージーランドの南島には、3000メートルを超える高い山々がそびえ、氷河がある。タスマン氷河は最も大きく氷河をスキーで滑降し、青く輝く氷の洞窟が見られ、北島には樹齢1000年を超えるニュージーランドの固有の樹木カウリの巨大な木々が保護され残っている。

 かつてニュージーランドには哺乳類がいない鳥類の王国であった。大陸から隔絶した環境で動物と植物の生命圏がつくられていたため、キーウイという飛べない鳥も生存できた。8世紀頃に、太平洋の島々ポリネシアからマオリ族が木造船で、ニュージーランドにたどり着くまでは哺乳類と同じように、人類は生息しない世界が続いていた。マオリ族は原生林を開墾して、タロイモ、サツマイモなどを育てて定住していった。狩猟生活から、しだいにイモ類の栽培の農耕生活を始め、カウリなど原生林を使い、木造の大きな集会場を作り、木造の住居に暮らし始めた。


 その後、18世紀頃から、ヨーロッパから人々が移住し、1840年にイギリスがこの島を植民地とし数千人が住み始め、6年後にイギリス人は9000人を超えるようになった。19世紀の後半、ヨーロッパ特にイギリスから木造船、3本マストの帆船に乗ってさらに多くの人々が移住し、原生林を切り倒し、そして焼き払ってマオリ族と同じように木製の住居を作り住むようになった。


 

 19世紀の後半、鉄と石炭の時代が始まり、世界に広がっていった。木炭に代わり、石炭を燃料とした製鉄によって、硬い鉄、鋼鉄ができた。この鋼鉄で大砲をつくり、鉄の建物をつくり、そして橋も、船も鉄製になり、1889年には超高層の建物、エッフェル塔が建てられた。 19世紀の半ばに石灰石と粘土をまぜあわせ1400度以上で加熱し、その塊をすりつぶした粉末セメントこれに砂を入れ混ぜるとコンクリートになる。木や石にかわってコンクリートができ、その硬く可塑性に富んだ性質故に鉄筋コンクリートが大きな建造物主役となる。


 ニュージーランドでも都市には鉄とコンクリートの建物が林立し始め、19世紀後半になると、徒歩か馬と馬車から移動手段としての鉄道が原生林を切り開き、都市をつなぎ、次第に島全体に蒸気機関車が走り始めた。そして馬車に代わってガソリンを燃料とする車が1900年に初めて登場した。現在は飛行機が都市間の主要な移動手段となっている。 


 産業革命以降の生活の進歩は、あまりに急速で、原生林は破壊され鳥類は生息できなくなり、人とともに哺乳類も島に住み始め、今では人口より多いひつじが住んでいる。この急速な自然の破壊を目の当たりにして、その後自然は保護され回復してきた。動物や植物も国外からの持ち込みを規制し島の生態系を守るようになった。そして電力は水力や地熱、潮力が主力で現在も原子力発電はなく,風力や太陽光を含めると80%が自然をエネルギー源として使っている。


 島国ニュージーランドは、近代化の便利さと破壊力の大きさ、地球の未来のための自然の回復のわかりやすい一つのモデルとなる。太平洋を隔て大陸から遠く離れていることと、 国土の広さの割には、人口は500万人と少ないことが幸いし、現代生活をしつつ自然は破壊を免れ保たれている。




 地球規模で見れば、地球上の人口は増え、ますます多くの物を消費するようになった。過去200年でエネルギー消費だけで20倍に増えそれによる二酸化炭素の上昇は未来を危うくし始めた。地球上の森林の伐採により、種の絶滅は毎年4万種になり、地球環境をを変化させ気候変動をもたらしている。


 現在温室ガスの出る量は地球全体で年間510億トンになる。鋼鉄とセメントの製造で出る温暖化ガスは10%を占めている。そのほかのプラスチック製造など製造によるものを含めると製造業全体で合計31%になる。大量に生産された製品は、安価になり大量に消費され世界に広がっていく。より良い電化製品を求めより良い住まいを目指して、最初は先進国やがてBRICSと呼ばれる中国やインドなどがこの隊列に加わって、世界中で経済が発展し、都市には高層の建物が建てられ、21世紀に入ってからも世界では東京都の都市一個分が毎月新たに建てられている。


 温室ガス排出は発電のためのエネルギーが次に多く27%になる。この3分の2は石油、石炭、天然ガスが占めている。 その次が食用の動物や植物で全体の19%で、放牧のために原生林が犠牲になり、世界的規模では牛のゲップと豚の糞からの量が温暖化の主役になっている。車や船、飛行機などの移動する乗り物は排出量が16%で、乗用車はその半分くらいである。そして冷蔵庫やエアコンで7%をしめる。これらは全て便利で豊かな生活を保障するもので、すぐにこれらはやめられない。


 世界中の暮らしを産業革命以前まで戻すことがでいない以上、環境と経済のバランスや各国の発展の様子を見て解決する必要があるものの各国の考えは様々で、国家主権が絡まりこれを解決するのはかなり難しい。地球環境を守るため、1992年環境と開発に関するリオデジャネイロ宣言が出され、地球環境の保護は大切なことはわかっていても実行までには至らなかった。京都議定書、パリ協定と国際会議は開かれ、経済との折り合いをつけるために、排出の削減や、様々な排出量取引の仕組みがつくられた。昨年COP26で2050年までに世界の二酸化炭素排出をゼロにし、熱帯降雨林の伐採をゼロにする目標が決まった。


 このまま地球環境の劣化が止めれないと、氷河は溶け、気候変動による食料や資源の取り合いで世界は混乱に陥る。様々な手段で今の経済成長を保ちながら環境を保護するには製造、発電、農業、車などの移動手段、住まいあらゆる分野で人々の意識の変化と技術開発が重要になるとの共通の認識になりつつある。


 かつて日本列島も、江戸時代は着物を仕立てなおし、端切れを使い、最後はぞうきんにして使うのは当たり前のリサイクル、リユース文化でした。建物も当然天然の木材と土と石と紙で造られ再利用されていました。19世紀末のエッフェル塔から始まった鉄塔は東京タワーとして日本にも建てられ、20世紀のガラスとコンクリートの近代建築は古都の玄関京都駅にも採用されました。21世紀、東京オリンピックの会場新国立競技場に木の庇の隈研吾氏の設計が採用されたように今後は、環境に負荷をかける巨大建築の時代は終わりグリーンな省エネルギーの建物が建て始められるかもしれません。 昨年アップルは将来全ての製品と容器の包装を100%再生可能なリサイクル材か再生可能な素材にすると発表しました。