1960年代アメリカは世界の富の50%以上が集中し、平均的な男性で彼らの祖父の2倍以上の収入があり,労働時間は3分の2程度で,終身雇用や年金を提供する企業に所属していた。この時代、豊かな物質文化、消費社会に対して,カリフォルニアから質素な生活を実践するヒッピーの文化、対抗文化が生まれた。そして,レイチェルカールソンが「沈黙の春」で残留性化学物質が自然界を汚染し、人体に蓄積される危険を警告した。
1970年代にはいるとアメリカの経済は停滞期に入り、1974年には第1次のオイルショックがおこった。これに対して1980年代レーガン大統領の時代に2つの方法で解決がはかられた。
企業の利益に結びつかないコストの削減を行なったこと。会社を買収して再生させる、構造の改革株主革命が起ったこと。このもとになる思想は、企業は従業員や社会に対して何の義務もおわない、企業は経営によって利益を増加させることが社会的責任であるするもので、株価を上げるための効率的な方法は大規模なレイオフによる経費削減であるとされた。こうして、会社人間の時代は終わりを迎えた。
この時代、西欧社会に対する近代文明の批判としてアメリカではニューサイエンスが出現した。「1980年の始めにあたって、人類はかつてない世界的危機を向かえている。
この危機は複雑で多面的で私たちの生活のあらゆる面に関係してくる。 物質と精神世界を分けたデカルトの世界観、すなわち世界は人間が造り出した機械のように部分に還元され、そして理解されるというのはまちがいで,世界における一切の存在は可変的で無常であるという東洋思想が物理の世界では現実に近いものであることが証明され、社会もまたデカルト的心身を2分するのではなく、有機的で全体的である、エコロジーアプローチが必要である。」という思想だった。この世界観の転換により世界は持続可能な社会に変化すると語られた。
ベルリンの壁の崩壊により、1990年代以降、世界はアメリカの一極体制「市場経済と民主主義の時代」になった。さらに、IT革命によるオートメーション化と安価な人件費の地域に生産場所を求める、グローバル化から経済はさらに効率化し富を生み出した。
21世紀にはいると市場は新しい金融テクノロジー使って住宅ローンを買い集め、それをまとめて債務担保証券を発行して、年金基金などに販売した。これがアメリカなどで住宅バブルをひきおこし、リーマンショックをもたらした。
この恐慌を乗り切るため、アメリカは貨幣を増刷し中央銀行が国債を買い、経済を支えた。世界中で人生の目的は目先の物質的豊かさ、高収入となり、この近視眼的衝動が世界にまんえんした。
人々は貧乏になることを恐れ、経済の成長なくして幸せはないと信じて、生産性のさらなる向上をめざし、さらなるエネルギーを消費し、膨大な物を買うよき消費者となった。
現在、人々の消費が社会を豊かにし、経済を成長させ、GDPをふやし、国力を増強させる。この考えはほんとうに正しいのか、再び疑問視されるようになり始めた。1930年年代世界中の人口は20億人であった。今はその4倍以上になり日々増加している。海面が上昇し南の島々は水没の危機が迫り、アラル海は干上がり、世界中の氷河は消えつつあり、気候は荒々しくなった。地球上に生活する人々が豊かな生活を送るのに消費するエネルギーを地球は十分供給できるのか、豊かな環境は保全できるのか、あるいは多様な生物との共存が出来るのかといった地球環境の問題が人々の眼にみえる形で現れ解決をせまられる問題となりつつある。
1972年のローマクラブの警告、成長の限界は、緑の革命で克服され、医療の進歩で人々の寿命は伸びカタストロフィーは回避された。 無限のクリーンエネルギーを生み出すはずの原子力は人々のコントロールー不能の放射能汚染をもたらし、熱エネルギーの消費が地球温暖化、気候の大変動をもたらしている。成長が永遠に続く経済成長至上主義にかわる経済学はないのか、地球温暖化を防ぐエネルギーの使い方はないのか、放射能に汚染されることのない今以上に住みやすい気候や環境は手に入るのか。今後の地球環境の未来は、現在の人々の選択に委ねられている。