2025/02/02

19世紀 チャールズ ディケンズ と アラン ポーの暮らした時代

  フランス革命とアメリカ独立戦争ののち、ヨーロッパではナポレオンも失脚し、5大国で勢力のバランスが保たれた。一方海上では、海軍力に勝るイギリスが覇権を確立し、北アメリカ、ラテンアメリカ、インド、東洋などの市場が急激に成長し、商業取引、運輸、保険、銀行などの経済活動が活発となり、ロンドンは世界の新しい金融の中心地となり、莫大な富を独占し覇権国としての地位を確立した。


 狩猟世界から、穀物栽培の定住社会に変わったのと同じくらい、人々の生活を根本から変えた産業革命は徐々に起きた。生産性の飛躍的増加をもたらした産業革命以前はヨーロッパのアジア地域も工業生産ではそれほどの差は見られなかった。1800年の世界に占める工業生産の割合は、ヨーロッパ28.1%、イギリス4.3%、中国32.8%、インド19.7%であった。それが1900年にはヨーロッパ62.0%、イギリス18.5% 中国6.2%インド1.7%となった。イギリスを先頭に工業生産はヨーロッパ、アメリカで増加し、一方、インドや中国は工業化された綿製品が大量に流入し、地域経済は縮小した。一人当たりの工業化水準は第三世界ではヨーロッパの18分の1、イギリスの50分の1になった。1947年 TS アシュトンは「今日、インドや中国の平原に住む人々は災害に苦しみ、飢えて、毎日彼らと共に重労働に励み、共に眠っている家畜と変わりのないような生活を送っている。こんなアジア的な暮らしと機械化の遅れによる悲惨な状態は、産業革命を経ることなく人口ばかりが増大してしまった国の人々の多くに共通するものである。」


 1812年チャールズディケンズは海軍省経理部事務官の息子として生まれる。12歳の時父親が債務不履行に陥り、極貧生活に陥る。その後作家の道を目指し、

フリーランスの記者となり産業革命後のロンドン庶民の生活や情景を描いた「ボズのスケッチ」で作家として出発し、26歳の時、連載小説「オリバーツイスト」で流行作家となった。孤児のオリーバーの「お願いです、僕はもっと食べたいんです。」「神様、どうぞお恵みを、僕たちみんなに。」当時ディケンズの生活していたロンドンは拡張を続け、1830年に鉄道が開通する。多くの小説でこの時代のイギリスの様子が描かれ、当時の生活がよく分かる。

ディケンズは1842年半年のアメリカ力に出発する、そしてエドガーアランポーと会っている。当時アメリカでも人気のあった作家、チャールス ディケンズはアメリカを新聞社の企画で訪問。そして、。エドガーアランポーは その当時リッチモンドで生活中で、ディケンズに手紙を書いて、2人きりで面会し、話すことが実現し、2人は意気投合した。ディケンズは、翌1843年クリスマス向けの短い読み物「クリスマス キャロル」では守銭奴スクルージやティム坊やを登場させ、「それはすべての時代の中で最も良い時代でもあれば、すべての時代の中で最も悪い時代であった。」書き出しのフランス革命を題材とした二都物語や、「大いなる遺産」のミス ハヴィシャムを創造した。ディケンズの生活した時代は世界の覇権国イギリスの最盛期の時代であった。


 エドガーアランポーは、1809年生まれる。3歳でイングランド生まれで女優の母親は亡くなり、父親もなく、孤児になり、他家で養育され、その複雑な生い立ちが恐怖小説を生み出した。南北戦争前のアメリカ南部の小説家としてマークトウェインとともにアメリカ小説の源流を作った。ポーはアメリカにおいて、最初は南部の教養ある文人としてロマン主義の詩を発表したり評論を書いていた。その後、ミステリーや探偵、冒険など大衆文化としての小説を多く発表するも、当時は米国文学の主流とはみなされなかった。


 アメリカは1816年の人口は850万人、1860年には3140万人に増加し、多くのひとは農場を持ち、あるいは成長する都市に住んでいた。他国に比較して、生活水準も高く生産高も多かった。そして賃金もヨーロッパよりも30%ほど高く、1850年代にはヨーロッパから大量の移民が入ってきた。19世紀前半はポテト飢饉でアイルランドから、また政治経済の混乱からドイツや北欧、そして19世紀の後半からはイタリアなどの南欧そしてロシアなどの北欧さらには中国などからの移民が増えた。1861年には南北戦争が勃発した。この当時の経済はドイツやロシアを上回り、経済大国になっていた。対外的には1803年にフランスからルイジアナを購入、スペインからフロリダを獲得、テキサス、カルフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコをメキシコから編入。1823年モンロー主義を宣言し、アメリカ大陸へのヨーロッパの関与を禁止した。


 最初の頃、国内よりむしろフランスで認められ、象徴派の詩人たちに影響を与えた。1841年近代推理小説の第一作目となる「モルグ街の殺人」で探偵C オーギュスト デュパンを登場させ、パリの親子の不思議な、奇怪な殺人事件を発表し、それは、その後のシャーロックホームズなど探偵小説のスタイルにつながる。

 1839年に「アッシャー家の崩壊」、1843年「黒猫」などの恐怖小説を発表した。「アッシャー家の崩壊」は病んだ友達の最後を看取る男の物語。 「黒猫」は人のこころに住む動物的恐怖心と不安、残虐性を描く。 1845年発表の詩「大鴉」もまたカラスの喋る言葉によって主人公が狂気に陥る物語。それがフランス象徴主義に大きな影響を与えた


19世紀ヴィクトリア朝の時代、産業革命で成功したイギリスが世界を制覇した。その頃から、領土を拡張し産業革命による技術を使って21世紀の覇者になるアメリカは工業力を急速に高めていった。19世紀、経済成長と技術革新が世界の覇権国を決めた。


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