2024/02/11

感情の生まれるところ



 ボロゴンジャ川から、エメラルドのような緑色をしたなだらかな丘が、一定の間隔で生えた木々とともに広がっている。地平線まで一望できるが、至るところに木々が小さな木立をなして点在している。草原はこれ以上ないほどの緑色に染まっている。動物たちはあらゆる丘を覆い、一頭で、あるいは群ををなして平原に立ち、木立に出たり入ったりし、低地ではエサを食べている。アフリカのセレゲティは人類が誕生したサバンナで、そこではヌーやシマウマ、ゾウやキリンなどの大型草食の哺乳類とそれらを捕食するライオン、チーターやハイエナなど野生動物の王国である。


 そのサバンナで人類は生まれ、飢餓、病気、捕食者からまぬがれ知性を進化させ、生きてきた。人間は意識する自分が、充分な情報を持っていない時、行動に移すのは、私たちを支配する感情である。

人類はアフリカで200万年ほど前にホモ属が生まれ、その中で現生人類が生き残った。その祖先から生まれた現代人の脳の中では、誰もが、1日に何百何千の感情が生まれ、忘れ去られている。つらい感情や、不安を感じない人はいません。いつも幸せな気持ちでいられないなら、感情などないほうがいいとさえ思いたくなる事さえあります。


 実際それはあり得ない、無理な事です。 人類が地球上で存在し、生き長らえたのは、その不安や、恐怖の感情があったため危機から逃れることができた、絶対に必要な働きをするものでした。 今より危険に満ちた環境のサバンナでは、人の生存を脅かす危険な状態に出会うと、心は激しい恐怖や危機感を感じ、すぐに反応して行動する。起こされた行動の結果で、生るか死ぬかは決定ずけられます。これが感情のもっとも重要な役割で、人の体と脳は気分良く暮らすために進化したのではなく、この地球上で生き延び子供を残すために進化してきたのです。感情が、人の行動を決めるのです。その決断が、環境に適応しなければ命を失います。時には危険な相手に向かっていったために、命をなくしたり、時にはじっとしていて逃げる行動を取らないで相手に捕食されれてしまったりします。空腹を感じると、食料を求め食べて、満足する。それからしばらくすると、また空腹感が訪れ、再び食料を求める。これと同じように、幸福感も脳で感じるのは、ほんのわずかの時間で、すぐに心は移ろい生存ために感情は働き始めます。

 

 その感情の生まれるところは、最近の脳の研究でかなり詳しくわかってきました 昔々、人類が生まれ、生存のために役立っていた不安の正体は、扁桃体が働いて、何かおかしいと体に働きかけるシステムが出来上がりました。この側頭葉の奥深くにある扁桃体は、いろいろな知覚の刺激が大脳に届く前に、チェックする役割であり、人の体に危険が迫ると、この扁桃体が瞬時に働いて、強い不安感が起き、パニック障害に近い状態に体はなり、危険を回避します。 不安は危険の先取りの状態です。危険かもしれないあるいは何かおかしいという、漠然とした非常に不快な感情を言います。その役割を扁桃体が果たし、 目で見たり、耳で聞いたりする情報は、その後に脳の視覚野や聴覚野という部位に到達します。そして、起こっていることは何かがわかるのはその後のことです。このできごとが命に関係のない、何でもないことだと大脳が認識すれば、不安は消え去ります。不安感が扁桃体の過剰反応だとわかり安心するからです。



 人を行動に駆り立てる原動力は一体何なのか。ある日目を覚ましたとき、気分が妙に落ちこんだだ日もあれば、爽快で、何かをしてみたくなる時もある。人の心は、ある時は沈鬱になり、ある時は浮き浮き陽気になる。なぜこれほどまでにくるくる変わるのか。それは脳が感情を使ってその人を動かそうととするためで、これもまた人類の生存に必要な心の動きです。

 脳には海馬という記憶をする場所と、そのすぐ前に扁桃体並んでいます。この生存に重要な扁桃体の働いた時の、まるでついさっき起きたことのような鮮明な記憶は海馬に保存され、危険の回避に役立っています。楽しい記憶より、事故や災害の時の恐ろしい記憶は忘れようとしても、忘れられなくして危険から身を守り生き残りに役に立つようにできています。しかしこれが過剰にになれば、PTSDとなり、何度も何度もフラッシュバックし、思い出してしまう状態も起こります。


 そもそも記憶もまた固定したものではなく、正確に像として残っているわけでもありません。人の心は記憶された物事を、喜びや悲しみ、幸せな気分と不安や恐怖の感情とともに物語として創作しています。逆に感情を伴った記憶は、それを使ってその人の活動をコントロールする道具となります。高い崖から飛び降りるべきか、踏みとどまるべきか、水の中に飛び込むべきか、相手と戦うべきか、逃げ出すべきか、この時の行動は自信に満ちた記憶を思い浮かべるか、失敗した苦い記憶を思いだすかにかかっているからです。


 人々の生活する地球上には、様々な天変地変や自然の災害、あらゆる生き物の活動によって、予測できない、理不尽な事柄に満ちている。人は知性のみで生き残ったわけではなく、感情を揺さぶられる体験の記憶を使ってからとっさの行動で危機を逃れて生きてきました。この役割は脳の中の側頭葉の奥にあり、外からの情報を受け取り、体の中からとの情報を集めて、それをまとめ判断して、感情が生まれて来るわけで、知性はその後ゆっくりと大脳とともに発達してきました。そして理性は情念の奴隷になりました。



 ゆられ、ゆられ

もまれてもまれて

そのうちに、僕は

こんなに透きとほってきた


だが、ゆられるのは、らくなことではないよ。


外からも透いてみえるだろ。ほら。

僕の消化器のなかには

毛の禿びた歯刷子が一本、

それに、黄ろい水が少量。


心なんてきたならしいものは

あるもんかい。いまごろまで。

はらわたもろとも

波がさらっていった

                         クラゲの唄  金子光晴


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