日本の人口は2007年をピークに減少し、少子高齢化が急速に進み始めた。先日、地方の中核病院の現状がNHKの番組で取り上げられていた。30年前には3万5000人の人口があり、地域の総合病院として、24時間体制でいつでも救急患者に対応していた。常勤の医師は20名いた。その後、市の人口は2万2000人に減少し、常勤の医師は10人に減少した。医師は減り、看護師も次第に減っていき、24時間体制の救急医療は限界に達して、中止せざるを得なくなった。
一方都心部でも高齢者が増え、風邪から肺炎になったり、転倒し怪我をする、熱中症で倒れるといった救急の患者が増え、その半数は高齢者であり、大病院での治療は必要のない軽症の患者が多く地域の救急患者は地域の私立病院が担っていた。その病院は赤字になり、それにインフレによる物価高と賃金上昇がが追い打ちをかけた。40年以上経って老朽化した病院の建て替えができないため、閉院に追い込まれている。
もう一つの例は中国地方の、山間地で農業や林業の町で、30年前には人口は7000人で、街の中に病院があり、CT,MRIなどの設備も整い、入院施設もあった。現在人口は3000人となり、ほとんどの人が80歳代になった。この病院を今後どうするかが問題になっている。
1990年代日本の皆保険制度と効率的で乳児死亡率も低い日本の医療を参考にしようとしたアメリカ側の視察団(特にヒラリー・クリントン氏の医療改革タスクフォース)は、日本の医師の働き方を「医療制度の成果として一部は参考になるが、再現するのは非現実的」と報告した。医師個人の過労と献身によって成立している面が大きく、米国ではその働き方は社会的に受け入れられないと結論づけた。
2000年(平成12年)公的介護保険制度ができる。その後医療費も介護費用も右肩上がりで増えてきた。2004年(平成16年)医局体制を大学病院の独占から、市中病院も加わった研修医制度ができた。それにより医局支配の体制は弱くなった。 その頃から失われた30年のデフレ時代が続き、国が定める医院の収入を決める、診療報酬はあまり変わることはなかった。そして医療界もあまり変わることがなかった。令和6年4月から「医師の働き方改革」が施行された。
最近になって、これらのことが遠因となって、病院からの医療者の立ち去りや、診療科の外科医離れが起きて、形成外科やリハビリテーション科や麻酔科や心療内科は増えてきた。そして、労働条件の厳しくない、より高収入の得られる美容整形に研修医の2年終了後に直接美容整形外科医になる直美が話題となる。 病院は赤字の施設が70%を超え、建て替えや設備の更新ができず閉院するところが過疎地だけでなく都心部でも増えてきた。
少子高齢化は進み、2025年には年間出生数が70万人以下となり、年間200万人いた団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる。後期高齢者は風邪などから肺炎になって重症化する、ちょっとしたことで転倒し怪我をしやすくなる。2030年代にはその世代は85歳以上になり、ますます高齢化する。実際現在でも死亡する人の最も多い年齢すなわち最多死亡年齢の平均は男性88歳、女性91歳で、認知症の人は増え、独居者も増え、一人で生活できない人はますます増えていく。一方財政的にも労動力としても医療を支える人は減っていく。
85歳以上の高齢人口が増えると、病気や怪我や、一人で生活できない人が増え、それらの人々に対応する介護や医療は必要で、行き場所の確保が必要になる。 そのためには病院数は減っても、それぞれの地域に必要な役割を果たす病院がそれぞれの地域にあることは必要で、それぞれの地域で人口減少と高齢化に対応する医療システムをつくって、10年から20年間を乗り切るプランが重要となる。それほど大きな変革ではなく、人材を確保し、財源を確保し、限られた財源を無駄をなくして配分する。それがうまくいけば乗り切ることができる
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