自然は夕日のいかに美しいかを知らない。 ルイス カーン
20世紀はル コルビジェが「偉大な時代がはじまった。」「自動車は走るための機械である。飛行機は、飛ぶための機械である。住居は住むための機械である。」といって、この時代精神を表現し、モダニズム理論を先導した。そして工業技術が発展し,世界の各地で都市に人々は集まり、建築は造形芸術として多大な影響力をもつようになった。
ニューヨークなどの大都市にLess is more.の思想で、コンクリートとガラスの巨大建築を林立させたミースらは革新的技術を用いた時代の先端をいく巨大ビルを設計し、都市設計の中心となった。そして、東京など世界の多くの都市がよく似た高層ビルを林立させた。
一方、ロシアの都市モスクワ市は典型的な旧い時代の歴史的建物を数多く残している。その中心にある要塞跡のクレムリンの赤の広場からは、聖ワシリー聖堂などの多くのロシア正教会の建物やスパースカヤ塔などの多くの尖塔がみられ、さらに国立クレムリン宮殿や武器庫、レーニン廟も要塞のなかに建てられています。これらの建物はかつて巨大な建物は宗教のための教会であり、権力者の要塞であり、宮殿であった歴史を物語っている。
ソ連時代になると1947年、スターリンが世界の模範的となる首都をつくる計画を構想し,モスクワの7つの丘に7つの巨大建築を建て、地下鉄をめぐらせ,住居を造り新たな都市建設を試みた。建築はイデオロギー的で政治的な問題だとして、銀行の建物に多くみられたコリント式円柱を用い、クレムリンの城壁を借用してモスクワ大学など、壮大、巨大な建造物を建てた。その建築哲学は科学的、社会的文脈で語られた。
モスクワ大学は高さ235mで尖塔の先には稲穂と星がつけられ、ロシアの伝統様式と古典様式に従って建てられたもので、他のホテルやアパートなどあわせて7つの巨大な建造物はスターリン様式と呼ばれ共通の構造を持っている。
これらの宗教的建築、近代主義建築や社会主義建築と対極の思想のもとに建てられ建築が20世紀にあった。
リチャードギア主演の アメリカ映画「心のままに 」は1983年の作品で、舞台となったのがソーク生物学研究所研究棟。明るい中庭から、光り輝く太平洋が広がり、まばゆいばかりのカルフォルニアの陽光がコンクリートの壁面にあたり、晴れた日には陽に映える床に光りと影の美しい模様を描き出す。これがルイス カーンを一躍有名にした建物で、その後インド経営大学の煉瓦つくりのアーチを用いた建築を設計し、キンベル美術館を建て、やがてバングラディシュの首都ダッカの広大な敷地に国会議事堂,最高裁判所、宿舎、学校、スタジアム、大使館、住宅、市場を建てる都市計画がかれの構想のもとに実現された。
スターリンはモスクワの都市計画をたて,最初はルコルビジェにも依頼し,それは実現されることなく終わり、また カーンによる西パキスタンのイスラマバードの都市計画も実現しなかった。壮大な都市計画が現実のものとなったのはバングラディッシュの首都ダッカの国会議事堂を中心とする都市計画で、現在もその首都の建築群は20世紀を代表する建築として評価されている。
これらの建物は洪水から守れるように池や湖をまわりに造りそれを盛り土とし、国会議事堂の巨大な建物の入り口にモスクを配置し、構造とは光によるデザインのことであるとして、光りを巧みに制御し光の陰影によって空間に表情を与え、機能的に美しく建設した。そしてこの都市計画全体を彼の哲学に基づいて建設していった。
その考えは architecture comes from the making of a
room. という建築は内から決まるとする概念から出発し、建築をつくるとは、空間を限定することであり、空間を限定することによって、人間と人間の関係を規定することである。住まいは、ルーム部屋であり、そのまわりにアーキテクチャー建築がある。そしてさらにその外側に、街がつくられ都市とな
る。
A city should be a place
where a little boy walking through its streets can sense what he some day would like to be.
建築を元初から組み立て、思考し設計した。これは初期の住宅計画、フィラデルフィア都市計画の時代から個人住宅設計そして新しい首都の建設計画までかわることのない哲学で、 ルイス カーンの作品群は戦後の豊かなアメリカ精神の結晶ともいえる。
A city should be a place
where a little boy walking through its streets can sense what he some day would like to be.
建築を元初から組み立て、思考し設計した。これは初期の住宅計画、フィラデルフィア都市計画の時代から個人住宅設計そして新しい首都の建設計画までかわることのない哲学で、 ルイス カーンの作品群は戦後の豊かなアメリカ精神の結晶ともいえる。