2023/05/19

神の沈黙 遠藤周作と大江健三郎

  

リチャード ドーキンスは2007年「神は妄想である」で神や超自然的な宗教に対して科学的検討を加え、科学的に神の存在は証明できないし、社会にとっては有益とは言えないとして神を否定した。

 自然科学は、生命の出現から、人類の誕生までを明らかにし、無限の彼方の宇宙から、極小の原子の世界まで明らかにした。そして生物の遺伝子や体の構造や脳の機能も解明してきた。しかし、生と死の問題、死にゆくプロセスの解明ではなく死んだらどうなるのか、心の奥底からわきあがる恐れや不安から逃れたい、平静の心を求め、悟りや救いを求める心の動きの秘密、あるいは、生きることの意味を知りたい、あるいは正しい生き方、本当の自分らしい生き方生きるに値する人生とは何かといったことは解答のない問題として残っている。これらの問題に宗教は取り組んできた。


 神は古代から存在した。 ホメロスの「イリアス」で人間は、生きるも死ぬも神の一存である。戦場で生き延びるのは神に守られているからで、ゼウスは天空の神として、天候を支配し、戦いの行方を決める。アテナは戦争の知恵の女神として英雄を助け、アポロンは音楽と太陽の神とし英雄たちに勇気を与える。戦意の高まるのも、何かを思いつくのも、神がそのように仕向けたからで、 また人間の欲望も外からやってくるもので、その欲望を追い払うことができると考えていた。人間は神の見世物で、神の気まぐれに振り回される存在であった。 

 

 その後、イエスキリストが生まれ、ローマ支配下、異端者として処刑される。弟子たちによって神の愛の教えが、やがて、聖書となりヨーロッパの宗教、キリスト教になる。 仏教も紀元前5世紀にガンジス川の河岸に生まれたブッダによって説かれた教えで、苦しみからの離脱の道を、八正道や、死後の世界や無我、慈悲の教えを説いた。これを基にした経典が文字で残され、広くアジアの世界に広まっていった。こうして、世界宗教を中心に、神々は生まれ、人々に信仰されてきた。


 キリスト教が、日本に伝わったのは、戦国時代。フランシスコザビエルが鹿児島上陸して布教活動を始める。またたく間に戦国大名や庶民に広まった。その後、徳川政権ではキリスト教は弾圧される。この徳川時代の長崎を舞台に、日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴを主人公にした「沈黙」が遠藤周作によって1966年(昭和41年)刊行。ロドリゴは日本人キチジローの案内で、長崎の隠れキリシタンの村に入る。そして彼らに教えを説く。やがて、キチジローの密告によって幕府の役人に捕らえられ、棄教を迫られる。自らの信仰と、村人たちの死に直面し司祭フェイラが棄教し、またロドリゴ自らも踏み絵を踏む。フェレイラは日本のキリシタンが信仰しているのは神ではないと語る。


  その後も遠藤周作は神の存在、宗教を題材として、人の生き方をめぐる多くの小説を書いた。70歳の時に発表した「深い川」では、戦争時の生き残ったものの罪悪感や、死への恐怖から逃れる生き方、あるいは妻と死に別れその亡き妻の転生輪廻、生まれ変わりの願望、そして充たされない虚無感を抱え、生きるに値する人生をつかみたいた人たち、それぞれの人が人生の苦しみを抱いて、インドへの旅を共にする。そこでは人々がなぜ信仰を求めるかを示し、宗教はそれにどのように答えるのかを物語のテーマとした。そして、キリスト教以外の様々な宗教にも、我々の意識する世界を超えた、我々の精神が捉えることのできないものが存在し、心に救いをもたらす。どんな死者の灰も飲み込んでくれる大河の存在、そこに宗教の意味、魂の再生の可能性を見出した。


 「彼は醜く、威厳もない、みじめで、みすぼらしい

  人は彼を蔑み、見すてた

  忌み嫌われる者のように、彼は手で顔を覆って人々に侮られる

  まことに彼は我々の病を負い

  我々の悲しみを担った」


 大江健三郎は1970年以前は、当時の政権に対して批判的な知識人の代表的な作家として出発した。やがて小説の主題は魂の救済をテーマにして、神なき人間の心の問題に取り組んだ。


「男らの土地を旅した、男らと女らの土地ををもまた。そして耳にし、眼にもしたのだ、冷たい地上のさすらい人らの、かつて知らぬほど恐ろしいことを。そこで嬰児が生まれる、喜びのうちに。すざましい悲嘆のなかで胎まれた子供なのだが、にがい悲しみのなかで蒔いた、果実も喜んで収穫するように。もし嬰児が男の子であったなら、年老いた女にあたえられる、女はかれを岩に釘ずけて、叫び声を金の盃に受ける。」

                               知の旅人  ブレイク


 1984年「いかに木を殺すか」の中の「罪のゆるしのあお草」の中で神秘思想家のブレイクの罪のゆるしの思想とともに、語り手のぼくが、日本的神話、神隠し、森の精霊による子供の誘拐にあった子供時代を思い出す。闇からの巨大な力を感じそれに惹かれていた。森から5日後、探し出された僕に、母親はゆるし草を煎じて飲ませた。そのゆるし草を飲んで眠りつずけた間に癒されたと感じる。。この始原の森のある故郷を20歳になった息子のひかると訪れ、日本の古くからの森の村のスピリッチュアルな世界向かっていき、やがて罪の感情は解消していく。


 1989年小説「人生の親戚」の中で、自らを苦しめる不幸や、自らの人生を克服する道を求めて、宗教的な文学に向かい、そして宗教的生き方を始め、やがてキリスト教的カルト集団に入り死後に聖女となる物語を出版。1980年以降には精神世界の魂の救済を求める物語を日本の風土と現代社会の問題を絡めて展開する。


 20世紀末にはオーム真理教や様々のカルト集団が信者を獲得していった。信者は、あなた方に問いたい。自分自身の人生を真面目に考えているのか。そして一生懸命生きているのかと。このまま適当に暮して老い、死んでいく人生に満足しているのかと。と考え、また神秘体験を修行によって獲得できると入信していった。そして地下鉄サリン事件をおこした。

 

「宙返り」2002年では、神秘的体験、神の体験を通して、魂の再生を、オーム真理教をモデルにして描いている。ある新宗教団体のその共同体の現在と過去の物語。超越的なスピリチュアルな崇高な体験を通して、精神と肉体の危機をその治癒力で解決できるのかの物語を書いた。


 大江健三郎は、西洋の神秘主義を用いて、日本の奥深い森の中の緑の谷間の集落を舞台に、神なき時代の、日本の宗教的物語の世界をつくりだした。


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