2026/08/30

止まらない温暖化止まらない戦争

 





                              




 鶏(とり)たちにカンナは見えぬかもしれぬ 

                             渡邊 白泉


 地球温暖化のためか晩夏の中、薔薇とハイビスカスやカンナが一斉に庭に咲き誇っている。日本各地でこの夏は猛暑と、線状降水帯による豪雨がおき、台風が8月中で最も多く発生した。世界中でこの温暖化の影響が目に見え始め、8月26日には中国とネパールの国境地帯の山岳で氷河が大量に崩落し、またたくまに街々を飲み込み、多くの死者を出した。 まさに地球は沸騰し、誰にも止められない


 日本の気候は平安時代や江戸時代そして昭和の時代までは比較的安定していた。それが急速に変化し、特に令和に入ると、夏は熱帯気候になって、熱帯のバンコクやシンガポールそしてタゴールの詩に読まれたベンガルの夏と変わりなくなった。植生も変化し、花の咲き方も変化した。日々の生活も変わり、日中は40度を超えるのも当たり前になり、日本より緯度の高いヨーロッパでも、クーラーなしでは過ごせないようになった。そして雨も降れば日本の夕立や南方のスコールとは全く違った線状降水帯と名づけられる猛烈なる雨量がいっきに降り注ぐようになった。


 平安時代の和歌「秋きぬと目にはさやかに見えねども、風の音にぞおどろかれぬる」 の風情は無くなった。季語は安定した日本の四季がある。それを定型化して生まれた。俳句では昔から季語は重要視されていた。その自然を読む俳句に対して、社会の変動、時代を読む俳句の必要性が生まれ、秋桜子は「俳句は景と情が渾然一致して象徴的に表現される抒情詩だ。」として俳句の改革を進めた。その頃、昭和初期に渡部 白泉は高屋 窓秋 の抒情的な新しい俳句に出会う。


      頭の中で白い夏野となっている            昭和7年


      ちるさくら海あをければ海へちる           昭和8年


 俳句に、季語のない無季の俳句が新興の俳句として1930年代に再興した。1931年(昭和6年)満州事変が起こる。時代は戦争に向かい、社会は激動し、人々の生活は変わり、自然のみを重視する季語の必要性が薄れた。白泉は鶏(とり)たちにカンナは見えぬかもしれぬ を昭和10年に発表し、時代情況を描写した句は季語はあってもなくても、二次的なこととして俳句の暗喩する詩性にかけた


 真っ赤なカンナは人の目には、鮮やかに毒々しく映るが、真っ赤な鶏冠を持つ鶏にはかえって見えない。そして当時、人々は時代の先を見通すことができなかった。


     赤き犬ゆきたる夏の日の怖れ             昭和10年



     三宅坂黄套わが背より降車              昭和10年


 三宅坂は陸軍参謀本部のある場所で、カーキ色の外套(黄套)を着た陸軍将校が背後から下車した。その夏の日の不安と恐れ。国内の、統制は次第に厳しくなり、人々に恐れを感じさせる世の中に.変わっていった。



     戦争が廊下の奥に立っていた             昭和14年



 人の心に起こる気持ちは、時代や国を超えて共通のものがある。この句はまさに現在のウクライナの人々の心、ロシアの人々の気持ちでもある気がする。 誰も予想していなかった戦争が2022年に、突然始まった。ロシアのウクライナ侵攻は、5年目を迎え、世界を根本的に変えてしまった。今、AI搭載したドローンが領空深く侵攻し、爆撃し、また迎撃と偵察を常に行なっている。さらには兵士に代わってロボットが戦場で使われている。さらにNATOとロシアの間では、ハイブリッド戦争が繰り広げられている。まるで第三次大戦前夜の様相を示している。


 1920年代カーキ色外套を着ることになる石原莞爾、武藤章、山下奉文、永田鉄山たちの陸軍のエリートはドイツに派遣され、軍事研究を学び、帰国後陸軍参謀となる。その欧州で目にしたのは、止められないのが技術の急速な進歩で、第2次大戦前の社会で、理性はテクノロジー進歩の前には無力であった。経済と技術は急速に進歩し、車による輸送手段の発達、航空機の発達、石油化学製品の急速な進化が起こり、これらが近代の戦場に使われるようになる。各国は一年の技術の遅れは国家の衰亡を招くとして、争って戦争兵器を急速に開発し、進歩させ、その実用化を目指した。石原莞爾は欧州の技術革新を目の当たりにし、戦史の研究から「世界最終戦争」の構想を発表した。


 現在の技術革新は、AIを中心とした人工知能の時代に入り、人間そのものを代替しつつある。それによって、負の側面としてのフェイクニュースの拡散や武器の生産が容易になり、際限無い進歩を遂げている。今世界は地政学的、政治的、経済的動機があまりにも強く、技術革新は全力で突き進んでいる。そして、これを誰もコントロールすることができない。


    桃色の足を合はせて鼠死す               1957年

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