
晩夏の海岸に来ると、いつもルキノヴィスコンテの映画『ベニスに死す』の最も印象的なラストシーンを思い出します。アッシェンバッハ教授が夏の終わりの浜辺で、いすにもたれ,芸術に行きづまり、化粧がくずれコレラに感染し死にゆくことを暗示するシーンです。
アッシェンバッハがヴェニスに出かけると、街中の掲示板に「伝染病に注意!運河の水の使用を控え、貝類の摂取はしない」と書かれている。運河からは消毒のためか薬品の臭いが漂っている。
アッシェンバッハは集まっている人々に「何の病気か?」と尋ねるが、誰からもまともな答えが返って来ないので、彼はドイツ語の新聞を買って読んでみた。新聞には「ヴェニスでコレラ汚染の恐れ!ドイツ国民は直ちに帰国せよ!」とある。インドからコレラの流行がヴェニスに広がってきたことをはじめて知りました。
コレラ、赤痢、腸チフスなどの下痢をおこす腸管感染症は汚染された飲料水が原因でおこり,かつては世界中で流行をくり返し、公衆衛生上大問題でした、20世紀にはいり、下水道の整備や清潔な飲み水になったことなど衛生状態の改善とともに激減してきました。しかし、現在もこの飲み水が少なく,上水道の不十分な国々では依然これらの細菌による感染症で多くの命がうしなわれています。
2009年になり、インドで美容整形をうけたイギリス人に薬剤耐性の高い細菌NDM-1に感染していることがわかりイギリスの医学雑誌に発表されました。この細菌はどんな抗生物質にも耐性を持ち、治療が出来ないため警戒が必要と書かれていました。現在世界各地に感染者が広がり、アメリカやカナダでも同様の感染者がみつかっています。
日本でも、今年に入りインドから帰国した一人の患者がこの菌に感染していることがわかりました。
さらに今問題となっているのは、大学病院で多くの死者をだした多剤耐性アシネトバクター・バウマニがあります。多剤耐性アシネトバクター・バウマニは院内感染防止にとって重大な脅威で、この菌への感染防止対策は極めて困難であることが知られています。
アシネトバクター・バウマニは栄養要求性が低く、どんな環境でも生き延びることが可能であるためにきわめて厳密な環境対策が必要となります。たとえば緑膿菌は乾燥に弱く、いわゆる水周りを清潔にすれば対応できるのに対して、アシネトバクター・バウマニは乾燥に強く、カーテンや診療端末のキーボードやマウスのような通常の環境表面でも数週間以上にわたり生存します。
抗生物質の効かない多剤耐性菌は、多くは弱毒で健康な人は、免疫力があるため発病する事はありません。しかし、病気になったり、手術で抵抗力の落ちた時感染すると、薬が効かず感染が広がり死に至るため大問題となっています。
今のところ,手洗いなどの清潔に心がけ,環境を清潔にする以外の良い対策はわかっていません。



