2025/11/17

感情の時代

 


 近代合理主義では、感情は非合理的であって、理性的で知性的であるのが望ましいと考えられてきた。文明化とは、自ら感情をコントロールし、それが高まるほど文明は進歩すると考えられていた。 SNS時代になると、非合理的とされた喜び、怒りなどの感情が、発信され、人々の間に広がってきた。そして理性ではなく感情が、人々を動かし社会を動かし、政治を動かす時代がやってきた。


 現在、世界中で、今のままの生活水準が保たれ、今のままと同じ生活が送る事ができるのか、それが失われるのではないかといった不安が広がっている。こうした社会の状況に、インターネットを使ったソーシャルメディア(SNS)が日常化してきた。フエイス ブックやXやユーチューブは人々の便利で役立つコミュニケーションの手段として開発され、SNSを使って、怒りや嘆きの感情を、直接的に表現できるようになった。


 SNS時代になって、誰でも手軽に、人の手が介在することなく、個人的にひとりでも、政治的意図で事実の断片や、フェイクも使って群衆の支持を獲得することができるようになった。SNSの時代は、新聞の時代の大衆紙とクオリティーペーパーの区別や、正確さを信条とするニュース番組と視聴率を目的とするワイドショーとの区別はなく、全部がフラットであり、評価は「いいね」の数だけで決まる。正確な事実よりも、より刺激的で、 より過激な物語が多くの支持者や視聴者をうみ、それが社会を動かす道具として政治的目的で利用され始めた


 1895年にル ボンが「群集心理」を書いた。その中で、群集心理の特徴として「理性的ではなく無意識下の本能のままに動くため衝動的で、動揺しやすく、興奮しやすい。そして、暗示を受けやすく、物事を軽々しく信じてしまう。

 そして 「単純さを好み、誇張的である。思想は単純でなければ、多くの人に受け入れられない。どんな高邁な思想も、群衆を動かすようになった時、全く別物に変わっている。

 さらに「群衆は、イメージによらなければ、物事を考えられないのであるし、またイメージによらなければ、心を動かされもしないのである。このイメージのみが、群衆を恐怖させたり魅惑したりして、行為の動機となる。」「これまで群衆が、真実を渇望したことはなかった。群衆は、自分らの気に入らぬ明白な事実の前では、身をかわして、むしろ誤謬でも魅力があるならば、それを崇めようとする。」


 そして群衆の精神に思想や信念を支配する方法として3つの手段によるとした。第1は断言で「およそ推理や論証を免れた無条件な断言こそ、  確実な手段となる。断言は証拠や論証を伴わない、簡潔なものであればあるほど、ますます威力を持つ。」第2に反復の効果で「ある断言が、十分反復されて、その反復によって全体の意見が一致した時には、いわゆる意見のすう勢が形作られる。そして第3に「強力な感染作用が、その間に働くのである。群衆の思想、感情、感動、信念などは、細菌のそれにもひとしい強力な感染力をそなえている。」


 民主主義が感情に動かされるのには2つの要素が重なったときに起きやすい。

一つは経済的社会的現状に不満を持つ人々の存在。もう一つは強力なコミュニケーション手段である。その時代に、人々を支配し、権力を持つことのみに魅力を持ち、それを目的とする政治家が現れると国は危機に陥る。


 1930年台のドイツは、インフレと賠償で経済は混乱し、国民は困窮していた。そして映画や新聞に加えて、新しいメディアとしてのラジオが普及してきた。そこに巧みな弁舌と社交的な性格に見える政治家が登場した。 アドルフ ヒトラーで、社交的でカリスマ性を備え、人々を惹きつける巧みな演説を行い、当時登場したラジオなどのマスメディアを巧みに利用し、人々の感情に訴え、権力を手に入れた。


 同じ時代にアメリカも大恐慌に陥り社会は混乱し、多くの人々の生活は困窮した。 しかし、当時のアメリカにはコモングットが広く人々に受け入れられ、理解され支持されていた。そして、フランクリンルーズベルトはラジオを使って国民に語りかけた。政治演説調ではなく、穏やかな口調で国民に語りかけ、銀行の危機やニューディール政策について説明し、理解を求めた。

 やがてフランクリンルーズベルトは4つの自由として言論の自由、信教の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由を掲げそれを世界に広げていった。そして国民のほとんどが、思いやりを持って他の人と繋がり、その仕組みを支えてきた。これが世界の戦後民主主義の基礎となった。


 世界中で富の偏在が進む中、子が親を越えられない時代になり、SNSを使って、健康問題や政治的陰謀論や、愛国主義、排外主義を取り上げ、既成の考えをする人を否定し、極端な考えをフェイクを交えて喧伝して、喝采を浴びようとする煽動者が現れた。かつての感情と政治の問題は新しいメディアによって現在世界はアフェクティーブ ターン(情動論的転回)をむかえている。


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