バックミンスター フラーはアメリカにおける偉大なクリエーター、発明家である。
1933年フラーによって、ダイマクションカーが作られた。飛行機の形態で空気抵抗を抑え、11人乗りの3輪の車でドーム型の今でも斬新さを失わない、新しい車を作りだした。
ダイマクションとは、ダイナミック(動的)とマキシム(最大)とテンション(張力)の組み合わせた、フラーの造語。
1946年飛行機から材料を集め、中央に一本のマストを立て、そこから張りめぐらした引っ張るワイヤーによって軽いさまざまな素材の床や屋根を吊る構造の、組み立て式のダイマクション住宅を考案した。ダイマクション移動型共同住宅は、第二次大戦の最中に、移動可能な将校の住宅や兵舎、緊急の医療施設として設計された。戦後ウィチタ ハウスとして、エネルギー効率の良い、耐久性のあるハイテク住宅として建てられ、家の上に、フィンのついた丸い帽子が載っていてキャデラックのベアリングが入っているので風が吹くと、くるくると回り通気する構造になっている。この家屋は全部がアルミの合金で出来ているためたたみ込んでシリンダーに入れて飛行機に積んでどこにでも運ぶことができた。
1970年代ローマクラブが「成長の限界」で、このままの生活を続けたのでは地球の資源は枯渇すると警鐘を鳴らした。それに対して、フラーは資源の再循環やメタボリックな再生力、そして人間の学習と改良の能力を無視していると反論した。科学に基づいて適切にデザインされた技術があれば、環境を改良することによって、兵器やエネルギー効率の悪いデザインあるいは、生存に寄与しない装飾品などの製造で浪費しなければ、地球には十分な資源があると考えた。サイエンス、科学的デザインによって環境は悪化しないし資源は枯渇しないと唱えた。
1964年モントリオール万博のアメリカのパビリオンは、フラーの設計による正三角形の組み合わせの構造材を組み合わされて作られた球形の建物であった。球形のドームは支える素材に対して最も強度が高い。この巨大なドームは直径76.2メートルの建物で遠くからは光り輝く巨大な宝石にたとえられた。その後ジオティックドームは世界中で、様々な建物に応用された。日本では富士山レーダーやテントあるいは世界中で様々な住居で使われている。
1968年にホールアースカタログが刊行され、1971年の最終号で終わる伝説の書物は、地球上のすべてのものが乗っているツールへのアクセスと副題が付けられ、バックミンスターフラーの「確実に動作する計器や機構に私は神を見る」とより良い地球を創り出すのは科学技術であるという哲学、最小の資源で最大の効果を得るという思想を反映していた。
スティーブン ジョブズはシリコンバレーで生活し、この雑誌を気に入り、いつも持って歩いていた。雑誌は、役に立ち、自立教育に関係のある高品質で低価格な製品のカタログで、「それはまるで、グーグルが出る35年前に出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使える道具と偉大な概念が、それこそページの端から溢れている、そんな印刷物でした。」とジョブスは語っている。この雑誌はコンピューーター教育を専門とする財団ポートラ協会の支援を受け、発行されていた。この組織から1975年にパーソナルコンピューターキット 「アルテア」が紹介された。
これを見てマイクロソフトのビルゲイツがコンピュータューソフトの開発を始め、ジョブスとウオッズはガレージでアップル コンピューターを作り1977年にはアップルIIが誕生した。こうしてパーソナルコンピューター時代は始まった。1980年代はインテルを使ったマイクロソフトのウィンドウズマシーンが処理速度などの機能が優れ、しかも安価で、世界中に広がった。それに対してジョブズは「マイクロソフトが抱えている問題はただ一つ、美的感覚がないことだ。足りなないんじゃない。ないんだ。オリジナルなアイデアは生み出さないし、製品に文化の香りがしない。」
その後アップルはi phone、i Pad、i watchを次々と創り出し、技術による感情に訴える道具、ブランドを確立し世界一の企業となった。
スティーブン ジョブズはスタンフォード大学の卒業式で、新しい人生を踏み出す若い学生たちにこう語った。 「ホール アース カタログ 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎町の写真がありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。
Stay hungry. Stay foolish」
21世紀に入り、このコンピュータを使った情報通信革命はさらに進化していった。情報は大きな価値があり、適正な情報は人々の人生を変える。それを入手するためのコストがどんどん安くなって、簡単に誰でも手に入れられるようになった。この情報革命で世界中の人々を豊かにし、便利な生活が実現した。それと同時にこの技術は使い方によっては、人々の安全や自由を脅かす、ダークサイドもまた現実のものとなった。
2014年にロシアのゲラシモフ将軍は演説した。「戦争のルール自体が変わっている。政治的及び戦略的目的を達成する非軍事的手段の役割が増大し、多くの場合その効果において兵器の威力を凌駕している。」「我々が実際に話をしているのは新しい戦争理論です。その理論は情報戦と言う概念を拡大した。以前は敵の通信ネットワークと送信網を支えるコンピュータに対する攻撃であった。それが、21世紀になると敵の政府や軍文官を標的とする政治戦の形態へと発展していった。」
2014年にウクライナの光ファイバーケーブルが切断され大手電機通信会社が攻撃され固定電話やインターネットのアクセスは全て障害された。そしてウクライナの政府メディアの主要なウェブサイトは攻撃でダウンしウクライナの国会議員の携帯電話をハッキングされた。そしてほとんど無血で瞬く間に、クリミア半島はロシアの領土となった。
技術は進歩し、技術(テクノロジー)の勝者か敗者で、個人の生活は決まり、国の盛衰が決まる。宇宙船地球号の未来も、テクノロジーの使い方で決まる世界になっている。
