2025/02/02

19世紀 チャールズ ディケンズ と アラン ポーの暮らした時代

  フランス革命とアメリカ独立戦争ののち、ヨーロッパではナポレオンも失脚し、5大国で勢力のバランスが保たれた。一方海上では、海軍力に勝るイギリスが覇権を確立し、北アメリカ、ラテンアメリカ、インド、東洋などの市場が急激に成長し、商業取引、運輸、保険、銀行などの経済活動が活発となり、ロンドンは世界の新しい金融の中心地となり、莫大な富を独占し覇権国としての地位を確立した。


 狩猟世界から、穀物栽培の定住社会に変わったのと同じくらい、人々の生活を根本から変えた産業革命は徐々に起きた。生産性の飛躍的増加をもたらした産業革命以前はヨーロッパのアジア地域も工業生産ではそれほどの差は見られなかった。1800年の世界に占める工業生産の割合は、ヨーロッパ28.1%、イギリス4.3%、中国32.8%、インド19.7%であった。それが1900年にはヨーロッパ62.0%、イギリス18.5% 中国6.2%インド1.7%となった。イギリスを先頭に工業生産はヨーロッパ、アメリカで増加し、一方、インドや中国は工業化された綿製品が大量に流入し、地域経済は縮小した。一人当たりの工業化水準は第三世界ではヨーロッパの18分の1、イギリスの50分の1になった。1947年 TS アシュトンは「今日、インドや中国の平原に住む人々は災害に苦しみ、飢えて、毎日彼らと共に重労働に励み、共に眠っている家畜と変わりのないような生活を送っている。こんなアジア的な暮らしと機械化の遅れによる悲惨な状態は、産業革命を経ることなく人口ばかりが増大してしまった国の人々の多くに共通するものである。」


 1812年チャールズディケンズは海軍省経理部事務官の息子として生まれる。12歳の時父親が債務不履行に陥り、極貧生活に陥る。その後作家の道を目指し、

フリーランスの記者となり産業革命後のロンドン庶民の生活や情景を描いた「ボズのスケッチ」で作家として出発し、26歳の時、連載小説「オリバーツイスト」で流行作家となった。孤児のオリーバーの「お願いです、僕はもっと食べたいんです。」「神様、どうぞお恵みを、僕たちみんなに。」当時ディケンズの生活していたロンドンは拡張を続け、1830年に鉄道が開通する。多くの小説でこの時代のイギリスの様子が描かれ、当時の生活がよく分かる。

ディケンズは1842年半年のアメリカ力に出発する、そしてエドガーアランポーと会っている。当時アメリカでも人気のあった作家、チャールス ディケンズはアメリカを新聞社の企画で訪問。そして、。エドガーアランポーは その当時リッチモンドで生活中で、ディケンズに手紙を書いて、2人きりで面会し、話すことが実現し、2人は意気投合した。ディケンズは、翌1843年クリスマス向けの短い読み物「クリスマス キャロル」では守銭奴スクルージやティム坊やを登場させ、「それはすべての時代の中で最も良い時代でもあれば、すべての時代の中で最も悪い時代であった。」書き出しのフランス革命を題材とした二都物語や、「大いなる遺産」のミス ハヴィシャムを創造した。ディケンズの生活した時代は世界の覇権国イギリスの最盛期の時代であった。


 エドガーアランポーは、1809年生まれる。3歳でイングランド生まれで女優の母親は亡くなり、父親もなく、孤児になり、他家で養育され、その複雑な生い立ちが恐怖小説を生み出した。南北戦争前のアメリカ南部の小説家としてマークトウェインとともにアメリカ小説の源流を作った。ポーはアメリカにおいて、最初は南部の教養ある文人としてロマン主義の詩を発表したり評論を書いていた。その後、ミステリーや探偵、冒険など大衆文化としての小説を多く発表するも、当時は米国文学の主流とはみなされなかった。


 アメリカは1816年の人口は850万人、1860年には3140万人に増加し、多くのひとは農場を持ち、あるいは成長する都市に住んでいた。他国に比較して、生活水準も高く生産高も多かった。そして賃金もヨーロッパよりも30%ほど高く、1850年代にはヨーロッパから大量の移民が入ってきた。19世紀前半はポテト飢饉でアイルランドから、また政治経済の混乱からドイツや北欧、そして19世紀の後半からはイタリアなどの南欧そしてロシアなどの北欧さらには中国などからの移民が増えた。1861年には南北戦争が勃発した。この当時の経済はドイツやロシアを上回り、経済大国になっていた。対外的には1803年にフランスからルイジアナを購入、スペインからフロリダを獲得、テキサス、カルフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコをメキシコから編入。1823年モンロー主義を宣言し、アメリカ大陸へのヨーロッパの関与を禁止した。


 最初の頃、国内よりむしろフランスで認められ、象徴派の詩人たちに影響を与えた。1841年近代推理小説の第一作目となる「モルグ街の殺人」で探偵C オーギュスト デュパンを登場させ、パリの親子の不思議な、奇怪な殺人事件を発表し、それは、その後のシャーロックホームズなど探偵小説のスタイルにつながる。

 1839年に「アッシャー家の崩壊」、1843年「黒猫」などの恐怖小説を発表した。「アッシャー家の崩壊」は病んだ友達の最後を看取る男の物語。 「黒猫」は人のこころに住む動物的恐怖心と不安、残虐性を描く。 1845年発表の詩「大鴉」もまたカラスの喋る言葉によって主人公が狂気に陥る物語。それがフランス象徴主義に大きな影響を与えた


19世紀ヴィクトリア朝の時代、産業革命で成功したイギリスが世界を制覇した。その頃から、領土を拡張し産業革命による技術を使って21世紀の覇者になるアメリカは工業力を急速に高めていった。19世紀、経済成長と技術革新が世界の覇権国を決めた。


2025/01/12

日本アニメとアメリカ文化 ディズニーランドとUSJ 

 


 19世紀、ドイツの言語学者グリム兄弟が、ドイツの古くからの民話や伝説を集めて編集した子供と家庭のための童話集を初版を1812年に出版した。1857年の第7版で世界中で知られる童話は完成した。白雪姫やシンデレラ、眠れる森の美女、ラプンチェルなどが収録されていた。


 ワーグナーは楽劇「トリスタンとイゾルデ」や「ニューベルンゲンの指輪」を完成させ、その内容は19世紀の代表作となった。自然主義の、時代を超えた理想郷への憧れ、浪漫主義の作品で、芸術が人生の全てである、この芸術に触れている時だけが生きているに値する時間である、この芸術の他にある人生は特に重要ではないと言う認識のもとに作られた。フランス印象派のモネやルノアールの作品、人生にはあまりにもうんざりさせられることが多いから私たちはそれとは別のものを作り出すしかないと言う絵画に対する姿勢の対極にあった。それは人生全体の芸術化を目指した。この作品に対してボドレールは人工天国と名付けた。 


 バイエルン国王ルードヴィッヒII世はワーグナーを熱烈に支援した。ルードヴィッヒII世の最も有名な城、リンダーホーフ城内の人造洞窟はワーグナーのオペラ「タンホイザー」の曲をモチーフにして作られ、内部は人工的に作られた石灰岩で、幻想的に造形され、洞窟内には人工の湖があり、ルートヴィッヒII世は小舟に乗りながらワーグナーの世界を過ごした。 ルートヴィヒII世のもう一つ有名なノイシュヴァンシュタイン城 はアルプスの山中に建設された城で、内装にはタンホイザーやローエングリーンの世界、中世の騎士伝説や神話を描いた壁画が施されている。


 1901年シカゴで生まれたウオルト ディズニーは1920年に最初のアニメーション映画を仕上げた。1分ほどの短いコマーシャル映画で、その後ハリウッドでアニメーション映画「しあわせウサギのオズワルド」で大成功する。そして1928年に「蒸気船ウィリー」でミッキーマウスが誕生した。その後1937年に長編アニメ「白雪姫」をつくり多くの観客を集めた。白雪姫の原作はグリム童話に収められていた物語で、シャルル ペローのシンデレラや眠れる森の美女などヨーロッパ各国の民話や物語を題材にしたアニメーション映画を続々と公開され、ピノキオ、ピーターパン、や不思議の国のアリスはヨロッパの作家の小説をもとにしてアニメーション化された。ピノキオやグリム童話の怖い物語は、アメリカではウオルト ディズニーによって、ヨーロッパ各国の歴史から生まれる重々しい暗さを切り離し、綺麗で、夢のあるファンタジーの世界に生まれ変わった。


 1955年カルフォルニア州アナハイムにディズニーランドが造られた。それは空想の空間であり、現実とは離れたファンタジーの世界をヴァーチャルではない遊園地の中に創り出した。母親の影響か、ルートヴィヒII世の最も有名なノイシュヴァンシュタイン城 はディズニーランドの「シンデレラ城」となり、やはりルードヴィッヒII世の人工の洞窟に似た世界を人工の岩や石で作り、非現実の世界をディズニーランドの中に創り上げた。。


 日本は江戸時代が260年間続き、その間国内は平和で、文化が成熟し、特に文化文政の時代、身分に関係なく自らの表現をしたい人々は集まって狂歌や俳句や川柳を楽しんだ。子供の絵本赤本と並んで、黄表紙などの庶民向けの漫画絵本が数多く発行された。狂歌では太田南畝が活躍し、山東京伝の艶二郎は当時の人気キャラクターとなった。江戸のサブカルチャー、浮世絵や俳句は海外でも評価され印象派の絵画に大きな影響を与えた。


 明治維新で江戸文化は否定され、日本にヨーロッパの新たな政治システムが導入され、ヨーロッパ文化である絵画や小説、思想そして科学技術が取り入れられて、文明国を目指した。 戦後、ソフトパワーとしてのマンガや映画やエンターテイメントを生み出す力によってアメリカ文化は世界に広がっていった。そして日本にも、ディズニー漫画が輸入され1950年代にミッキーマウスやドナルドダックは子供達の本で紹介される。ヨーロッパの歴史から生まれた童話が、アニメーション映画ではおとぎの国の物語となり、アメリカ文化の代表として日本でも人気を得た。


 戦後の日本では、1950年代から60年代は少年漫画の時代で、その代表、手塚治虫の漫画もこの頃から人気を得た。その後60年代にはアニメーションをつくり、1963年にモノクロテレビアニメ鉄腕アトムをつくり、多くの映画作品で日本のサブカルチャーの中心を占めるようになった。1950年代、江戸時代とおなじように多くの若者は、大衆のための表現手段として漫画のストーリーを考え漫画を描いた。その後、漫画家から小説家になったり映画に進出したりして、20世紀の後半にかけ日本文化全体に大きな影響を及ぼしていった。1985年ファミコンにマリオブラザーズが登場する。風の谷のナウシカにも似た王国の物語でゲームによりさらに楽しみは進化し、マリオやクッパなど多くの人気キャラクターを生み出し、世界中に広がり、アニメ映画にもなった。


 ウオルト ディズニーは子供たちに夢を与え、安全で楽しいテーマパーク、物語や映画を再現する人工の国としてディズニーランドを構想した。そして、最初に1955年カルフォルニア州のアナハイムにその夢を実現した遊園地ディズニーランドを建設し、その後フロリダにも造られた。日本では幕張に1983年東京ディズニーリゾートができ、その後ディズニーシーかでき、ホテルと一体化し日本化した新しい世界を創り出した。ヨーロッパにはディズニーランド パリが、そして中国には香港と上海の2か所にディズニー リゾートができた。


 アメリカ映画のテーマパークUSJもまた、アジアに進出した。日本ユニーバーサルスタジオジャパンは日本のワンピースなどのアニメや スーパーマリオ やドンキーコング、ゲームの世界を取り込んでジャポニズムUSJとなってきた。そして北京やシンガポールなどにもユニバーサルスタジオができ拡張され、リゾート地として多くの人々の人気を呼んでいる。


 ディズニーランドは、その空間が子供たちのこころに夢をもたらし、大人たちにも幸福な瞬間が体験できる。USJはスリルと冒険と懐かしいキャラクターに会える、特別な場所になった。この絶大たる人気の秘密は、これらの世界が人の脳のオキシトシン、アドレナリンやエンドルフィンに働きかけているからかもしれません。

2024/12/31

無意識の世界 シュールレアリズム イド



  100年前の1924年フランスの詩人アンドレ ブルトンがシュールレアリズム宣言を出した。目に見える現実は仮想のもので、夢や幻想との境界は明らかでない。その潜在する無意識の世界や意識下の夢の世界を表現するシュールレアリズムが生まれた。

 第一次世界大戦は科学の進歩で飛行機や、戦車、毒ガスが使われ多くの死者を出した。既存の文明は崩壊し、既成の価値観を根底から覆した。そして世界を新たにどのように捉えるかが問題となった。今まで信じられていた西欧の近代合理主義ではなく、合理主義や功利主義から離れた何ものか、夢と現実を融合させ、超現実(シュール レアリズム)をつくりだすことによって理性を乗り越える芸術を目指した。


 形而上絵画と名付けたキリコの作品は、イタリアの夕暮れの広場の何気ない風景に非現実的な空間を描き出した。不安定で不安な感覚を与える「バラ色の塔のある広場」。左右の建物の、消失点が違ったり、人や像の影が現実とは異なる「通りの神秘と憂鬱」。自然な情景の中の、不自然な影や形、この絵の中の非合理性が脳内の記憶を混乱させ、不安な感情を引き起こす絵画を産みだした。その絵の中から隠された形而上の現実を表現しようとして、のちのエルンストなどに影響を与えた。エルンストは初期のコラージュ作品から「家庭の天使」などのシュールレアリズムの代表的作品を残し、 ダリはアンダルシアの犬の題名の短編映画を制作した。そのシーンは説明不能であるが深くこころを揺さぶる光景を映画にしたと語ったように、奇妙な非合理的な不気味な世界を描いた。ダリはやがてその奇妙な生活と共に、超現実主義の作品「記憶の固執」夢や曲がる空間を曲がった時計で表し、シュールレアリズムを世界中に広め、時代の寵児となる。アン マグリットもまた写実的な手法を使って、現実にはありえない幻想的世界を作り出した。


 人間は合理的な存在で、自分の考えていることを把握していて、自分の行動に責任が持てるという世界観があった。1914年始まった第一次世界大戦は、この人間は合理主義的な生き物であるという認識を根底から崩した。パリ大学の医学生であったブルトンが第一次大戦で東部戦線に動員されはじめてフロイト理論を知った。  フロイトは人の心、精神の問題を哲学ではなく心理学で解釈し精神分析学を始めた。人間行動の多くは無意識の領域が支配している。心には相互に働く3つの精神的要素がある1番目は自我(エゴ)、2番目が」超自我(スーパーエゴ)、そして第3ばんめには本能的衝動の源(イド)、エゴは意識的な部分で外の感覚を受け取り、外の世界と触れ合う。またエゴはすぐに意識へとアクセスできる無意識的なな前意識も含まれる。イドは性的本能や攻撃的本能を作り出す。そしスーパーエゴが精神における倫理的価値観の表れで、エゴに影響を与え、エゴをコントロールする。そしてエゴを脅かしたり合理的思考を妨げるイドの生み出す本能的な衝動を抑制する。

 そして第一次大戦後、人間の持つ攻撃性を目の当たりにして、人の心の働きは、生まれつき備わった2つの本能の相互作用によって起きると仮定した。一つは生の本能(エロス)であり、もう一つは死の本能(タナトス)で生の本能は種の保存や性、愛、摂食の本能を含み、死の本能は攻撃や絶望である。

 シュールレアリズムはブルトンを代表とする芸術と思想の変革運動で、想像力の自由と、夢と狂気の解放を主張した。フロイトの描いた、人の無意識下の夢や衝動を理解して、合理主義、功利主義の価値観から決別したこの運動はフランスから、ロンドン、プラハそして日本へと影響力は広がっていった。日本の絵画もその影響を受けて、古賀春江が「海」や「窓外の化粧」などを創作した。


透明なる鋭い水色。藍。紫。

見透される現実。陸地は海の中にある。

すべる物体。海水。潜水艦。帆前船。

北緯五十度。

海水衣の女。物の凡てを海の魚族に繋ぐもの。

萌える新しい匂いの海藻。

独逸最新式潜水艦の鋼鉄製部の中で、

艦長は鳩のような鳥を愛したかも知れない。

聴音器に突きあたる直線的な音。

モーターは廻る。廻る。

起重機の風の中の顔。

魚等は彼等の進路を図る  彼等は空虚の距離を充填するだろう

双眼鏡を取り給え。地球はぐるっと廻って全景を見透される。 

                             海



 

 映画や写真の繰り返し可能な複製技術によって、芸術作品のオリジナリティーも、複製可能な画像に変わり、一部の階級の独占物であった芸術は大衆のものとなった。さらに、この時代に新しいメディアとしてのラジオが誕生した。当初は「ラジオはたて続けにもろもろの事物や出来事をのべつもなく並べ立てるから、自らの連続性を考える余裕さえない。持続しているのはただラジオの間断のない騒音だけである。」と批判された。新しいメディアとしてラジオが登場した。そして同時に大衆マスとかマスメディアの言葉が1923年アメリカで登場した。 日本では1925年、普通選挙が開始された。日本にも大衆が生まれ、マスメディアが誕生した。このマスメディアを使って、大衆は動員され第二次大戦へと突き進む。そしてシュールレアリズム運動も政治化し、ファシズムに敗北する。


 100年前、20世紀の初頭、西欧合理主義の崩壊に対して、過去の伝統を破壊する芸術運動としてのアヴァンギャルド、ダダやシュールレアリズムが起こった。第二次大戦後、文明は理性や技術の力でその困難性を克服し、発展する。そして、民主主義は勝利して世界は平和になる。そして世界は資本主義のもと無限に発展すると思われた。しかしこれらの技術の進歩とカタストロフィーは同じコインの表と裏であり、フロイトの唱えた人間の本性である本能的衝動(イド)の問題が100年の時空を超えて再び立ち現れてきた。


2024/11/17

高令化する世界と人型ロボット

  現在、世界中で労働人口減少、高齢化が進む。 第2次世界大戦が終わった戦後、平和の時代に生まれた子供たち成長し、1970年から2010年までは日本を含め先進国は団塊の世代、ベビーブーマが労働人口に加わり、女性が労働に参加し、さらにグローバル市場に中国が加わり、ベルリンの壁崩壊後は東欧の人材も加わって、世界の労働人口は2倍以上になった。それと同時に出生率は低下し、人々の平均寿命が急速に伸びた。その結果、経済の成長は先進国で減速した。高齢化の先頭の日本は、若者が有り余る近隣諸国に労働力を求め、企業は中国や東南アジアの国々に生産拠点を移していった。


 今起こっているのは、少子化による世界中の若い世代の労働人口の減少と、高令者の圧倒的な増加である。2015年から2030年にかけて60歳以上の世界人口は9億人から14億人に増え、超高令者である80歳以上の人口は2050年には4億人を超える。そして今まで経済成長を牽引してきた国ぐにの高令化率がますます高まっている。人口構成によって世界は3つのグループに分けられる。第一のグループは世界人口の27%に当たる際立って高令化するグループ。そこには日本、韓国、中国、ヨーロッパ各国が含まれる。将来高令化するもののそれほど極端でないグループが世界人口の23%、米国、カナダ、ベトナム、インドネシア、トルコなど。残りの50%の国々インド、パキスタン、フィリピン、南米やサハラ以南のアフリカ諸国などは未だ若年人口が圧倒的に多い。


 高令化のトップを走る日本は2020年の高令者の人口は3600万人で、2040年問題が語られる頃には、高令化人口はさらに100万増加する。一方、中国は2020年1億7000万人の高令者で、2040年には3億人を超える。それを一人っ子政策の結果一人の孫が4人の祖父母を支える時代になる。アメリカやイギリスでも後期高令者は増加するものの若者の人口も増加する。


 高令化する社会では、医療や介護のコストが劇的に増加する。現在65歳以上の高令者の54%が2つ以上の病気を抱えている。そして85歳以上になればそれがさらに増えて68.7%以上となる。現在ガンや心臓病が最も多い疾患であるものの、医療は進歩して次第に治癒可能となり、それに変わって、認知症やパーキンソン病などの病気が増えてきている。その結果今後、医療介護分野の労働力の必要な割合はさらに増加する。医療介護は製造業のように生産拠点を海外移転したり、生産性を向上させることはなかなか難しい。




 人口の減少を補う切り札として期待されているのが、人型ロボットなどのロボスチティック産業である。イーロンマスクは自動運転が出来る車は、タイヤを使ったロボットで、それが作れるなら、足をもつロボットも作れるはずとして、人型ロボットの開発を進めた。それがオプティマスで、身長は170センチで、傷つけられるのではないかと感じないような柔らかい姿の人型ロボットで、2021年8月に公開された。この開発はテスラ者の自動運転開発チームによって作られた。

 この人型ロボットはまだ見ぬ10億ドル市場と呼ばれている。10年後には5兆円規模の市場になり、1000万台以上の人型ロボットが活躍し、70%以上の職業に影響が出ると試算されている。  この人型ロボットは、今でも物流作業に使われ、自動車製造では、BMWがアメリカノースカロライナの製造拠点で、フィギュア社製のヒューマノイドロボットを使って自動車の製造作業が行われている。今後は、宇宙開発や、危険な環境での作業や調査活動に使われ、そして家庭にも人型ロボットが登場し家事や日常作業をするようになる。医療では手術支援や、リハビリ支援に現在も少しずつ使われ、進化しつつある。そしてAIを搭載した、人型ロボットが感情の読み取りや人のケアに対応するようになり、フィジカルAIによるロボットとAIの融合が今後の医療界を、大転換させる可能性がある。


 AIによる自律機能を持ったテスラの人型ロボットオプティマスは300万円以下で2年以内には発売される予定で、それらは製造工場、一般家庭、あるいは介護の現場で利用される。そして自動運転をするロボタクシーは車を所有する人が誰でも利用できるようになり、タクシーの運転手不足は解決する。さらに、スペースXなど宇宙開発用のロケットとその乗組員としてのロボットは月や火星の探索に欠かせないものとなる。

 

 高令化しつつある先進国は、その50%から60%は高令者の単身世帯となり、社会的にその人たちを支える必要がますます増加する。今後、世界中の高令単身世代の介護者として家庭ロボットは普及する。平均寿命が伸びるとともに増える認知症などの介護が今後世界中で課題になってくる、それを補うのは、介護を担う自律型のロボットである。若者人口の減少による、人手不足を補うのは、工場で働いたり、物を配送する人型ロボットである。高令化し人手が不足する近未来は人型ロボットの活躍が不可欠になる。そして、近未来はスタウオーズのC-3POのような人型ロボットと共生する社会になる。



2024/11/06

大転換 トランプの時代

  ユーラシア大陸の中央には家畜となる動物の群れの後を追いかけて、牧畜という生活様式が誕生した。それはユーラシア大陸中央の乾燥地帯の生態系に適した生活様式であった。その果ての砂漠に守られた地域に大きな河の周りに農耕文明が生まれた。チグリスユーフラテスの下流域、ナイル川の下流域、インダス川の中流域、黄河の上流域に4大文明は生まれた。

 エジプト文明は数千年続いた。エジプトの都市の存在は、まさにナイルの賜物であり、砂漠は外敵に対する自然の巨大な防御壁であった。近世になり、ユーラシア大陸の乾燥地帯の周辺に、ロシア、中国、インド、トルコ帝国が生まれ、1000年以上の長い期間、繁栄と衰退をくりかえしていた。帝国はそれぞれの領域で閉鎖的システムをつくり、他の帝国との接点はなかった。


 ユーラシア大陸の帝国のさらなる周辺の西欧の国で、輸送技術が急速に発達した15世紀末に、鉄釘を使った複数のマストの大型船が建造され、公開技術の発達と武器としての銃と大砲が作られ、遠洋航海が可能となった。ユーラシア大陸の西の端、ピレネー山脈で隔絶されたポルトガルとスペインが海洋帝国を築き、大航海時代の覇者になり、世界を2分して支配下に置いた。 


 その後、化石燃料である石炭そして石油がエネルギー革命を引き起こした。石炭や石油を燃やして蒸気を発生させ、それをエネルギーとして、あらゆる面で世界を変えた。コンクリートによる道路や建物、化学工業や医薬の進歩が世界を一変させた石油の世紀が始まる。石炭その後に石油を燃料にした艦隊を持って航行可能な海を支配する帝国が、アメリカ大陸やユーラシアの古くからの帝国を滅ぼし、世界を支配することになる。ポルトガル、スペイン、オランダに代わりイギリスが遠洋航海の力と工業の力を使って覇者の座を占めることになった。1815年から1914年の平和と繁栄の時代をもたらした。イギリスを中心位した平和な100年は市場自由主義の経済が破綻して、平和は崩壊し、ヨーロッパの大戦を引き起こした。

 

 第二次世界戦後は、戦争に勝ったアメリカが世界中の拠点を確保して、金融、農業、工業、貿易、文化、軍事のあらゆる面で支配権を握った。 ユーラシア大陸の中心部を支配したソ連はそれに対抗し、ヨーロッパの東の半分と、中国大陸とその周辺国を共産圏とした。米ソ2大国による冷戦の時代が始まった。アメリカはブレトンウッズ体制を使って、グローバル化を推進し、秩序を作りパックス オブ アメリカーナを作り上げた。それはミルトン フリードマンらのシカゴ学派の経済学者の理論が底流にあり、自由な市場と効率化を重視し、国境を超えた市場、貿易、金融をすすめ、国境を超えた資本の移動をもたらした。新しい通信技術と輸送技術が世界をグローバル化し、多国籍企業の成長につながった。


 1973年チリのチリでピノチェト政権が樹立。新経済政策が実施されチリの奇跡といわれた新自由主義政策を実行した。その後、世界中にこの新自由主義の政策はとり入れられた。 米ソ対立のもとで、日本を始めとして、東アジアで4ドラゴンズと呼ばれる、韓国、台湾、香港、シンガポールが生まれ、製造業の拠点として成長した。そしてレーガン サッチャー政権で新自由主義は推進され、中国をそのシステムに取り込み、ソ連は解体に追い込まれた。その後のロシアのエリチェン政権のもとで急進改革派によって新生ロシアにもこの自由主義政策が適応された。


 新自由主義のグローバル経済の下、交通網は陸、海、空ともつながり、世界中に物流網ができた。とりわけ大型コンテナ船は一度に多くの荷物を安く運搬でき、世界中の原材料を集め、組み立て、製品を大量に生産し、再び世界中どこでも安価にそれを組み立て輸出するシステムが整った。その体制のもとでBRICSの5カ国が台頭し、その中で特に10億人の労働者がいる中国は、膨大で安価な労働力を生かし、海外の資本と技術を取り入れ、製造業大国になった。安価なおもちゃや衣料品やがて世界各地で作られた膨大な部品を輸送し、中国で製品の組み立てを行い、アイフォンなどの生産を行う世界の工場となり爆発的な成長を遂げた。


 中国はクリントン政権下の2001年にWTO加盟し、製造力大国の弾みがついた。膨大な労働人口は沿岸部で足りなくなると、内陸部からの4億人の労働者が流入してそれを補い、製造業はますます発展した。東南アジアの国々もその後を追った。タイとマレーシアは自動車や電子機器、半導体など製造業の中間部分を担って発展し、ベトナム フィリピンやインドネシアもその競争に参加した。そこでは海賊もなく、帝国主義の徴発もない、自由で安全な輸送網がアメリカの秩序維持のもとで確保され世界中の国が製造と消費の市場競争に加わった。こうして世界経済は発展し、多くの国は豊かになっていった。その結果、アメリカやヨーロッパ、日本など先進国では田舎の街は消滅し、中間層は消失し、格差は増大した。アメリカではラスト ベルト地帯の白人労働者たちは中産階級から脱落していった。


 第二次世界大戦後の米ソ2大陣営対立の時代は50年続いて、ソ連型共産主義の崩壊で終了し、その後アメリカの覇権のもとに広がった新自由主義下のグローバル経済が、地形や経済状態、気候に関わりなく世界中に広がった。新自由主義経済を支えたアメリカは冷戦後30年たち、世界の警察官の役割をやめ世界から撤退しつつある。しかしそれに代わる経済理論や覇権国は生まれず、過去の帝国の時代のように、ユーラシア大陸では北のロシア、西のEU、東には中国、南にインドとイスラム教の国々がそれぞれの勢力圏の拡大を目指し、そしてアメリカはトランプ大統領のもとで極端な孤立主義に邁進していく。


2024/10/12

ドイツ表現主義


  「これから何が起こるか、思いも及ばない。ヨーロッパの魂は、原初の昔から縛られていた野獣だ。それが自由になれば、 最初に見せせる行動が好ましいものであるはずがない。労働者が工場主を殴り殺そうと、ロシア人とドイツ人が撃ち合いをしようと、所有する者が交代するだけなのだ。しかしそれも無駄ではあるまい。それによって今日の理想に何の価値もないことが証明され、石器時代の神々が一掃されるからだ。現在の世界は死を、そして没落を望んでいる。実際そうなるだろう。」

 第一次世界大戦当時の欧州の時代精神を小説家のヘルマン ヘッセは書き記し、その時代の考え悩む青年の、精神の物語を、デーミアンで小説化した。1917年に発表された没落と再生の物語、全ヨーロッパ的文明の、一つの時代の没落と再生を示したエミールシンクレールの「鳥は卵の中から出ようと戦う」物語はドイツの戦後世代の多くの若者が求めていたものであった。。

 ドイツ表現主義は1905 年にドレスデン工科大学の建築科の学生たちによって結 成された橋(ブリュッケ)とい う名の美術運動で始まり、1910 年以後は造形芸術のみならず、音楽、詩、散文、演劇など 芸術全般に広がっていった。印象派の視線は外部の自然に向けられていた、一方表現主義は魂、心のうちの現実の観察者となった。 ドイツ表現主義はフロイトなどの心理学の研究に大きな影響を受けた。フロイトは現実の表面にあるものの奥に、無意識の抑圧された欲望やトラウマがある。表現主義はこの抑圧された記憶や感情を作品で表現した。そしてユングの集団的無意識象徴主義の影響を受け、さらに神秘主義思想の影響もあった。

 ドイツ表現主義の代表作、映画カルガリー博士が第一次対戦後に上演され、サイレントホラーの代表作となる。人間の内面を表現する、被写実的、幻視的な意識を表現する背景を3人の画家が共同して制作した、当時大衆社会が出現し、映画は多くの人々の関心の的となった。そしてワイマール共和国で生まれた表現主義の映画がドイツ映画の黄金時代を生み出した。 

 1886年オスカー ココシュカは生まれる。1908年「夢見る若者たち」で金魚の泳ぐ池や、鹿や鳥、蛇あるいは鹿の住むエデンの園の若い恋人たちを描いた。その後多くの肖像画を描き、 ココシュカは「肖像画において衝撃を与えるのは、顔や表現の仕方、身振りから直感的に得ようとした人物についての真実である。人の無意識の精神世界を明らかにするために絵を描いている。」とフロイト主義者、オーストリア最初の表現主義の画家を宣言した。 モデルの外見ではなくモデルの精神状態や感情気分を捉える絵、神経の絵画を発表した。「両親の手の中の赤ん坊」はあかんぼうと父親の赤みがかった左手と母親の白い柔らかな手で支えられる肖像は象徴主義的な家族の肖像であり、「遊ぶ子どもたち」でもまた子どもたちの無邪気さではなく5才の女の子と8歳の男の子の心の中の無意識の衝動を描き、のちにナチス政権下堕落絵画として、画廊から撤去された。


 エゴンシーレもまたこの時代を代表する画家で、心の葛藤、情緒の不安定、実存的不安を人物画で表現した。1890年生まれのシーレはクリムトに見出され、銀のクリムトとして認められ、多く自画像を描いた。カンディン スキーは、1907 年頃から神秘主義者シュタイナーの信奉者となった。カンディンスキーによれば芸術作品とは、人間の心の奥にある無意識の振動を、精神的なもの として具現化したものである。そしてバウハウスで教壇に立ち、教育の実践をし、具体的な対象の描写は自らの絵には不要であるとして「抽象絵画」を完成させた。。

 バウハウス運動はワイマール文化の中で国際的にもっとも大きな影響を及ぼした。ブルーノタウトのガラスのパビリオンはガラスを使ったデザインで感情に訴える建築を作り出した。そして多くの色彩建築、住宅団地を設計した。エーリッヒ メンデルゾーンは曲線で構成された不定形の天文台「アインシュタイン塔」を創み出した。1919年グロビウスによって総合的造形学校がワイマールに創設され、多くのモダニズム建築、デザインを研究その後の世界の建築や工芸に大きな影響を与えた。1933年ナチス政権によってミース ファン デア ローエが学長の時閉校させられた。



 1920年代のドイツはハイパーインフレに陥り、政治は混迷し、かつての豊かさと、大国の地位が失われ、民主主義的価値観は混乱し崩壊していった。1933年にナチスが政権を握る。 ナチス政権は表現主義やダダイズム、シュールレアリズムなどを退廃芸術として排除し、古代ギリシャ、ローマの芸術を模範とした、健全なアーリア人精神を表現する芸術を推進する文化運動を起こした。政権はドイツ人の国、アーリア人の国、ゲルマン国家を再生させ、再び偉大な国家にすることを目指した。

2024/09/25

ホラー映画の好きな人

  映画が誕生したのは1895年パリでの上演されたシネマトグラフで、翌年には「悪魔の館」で悪魔や変身するコウモリが登場し、史上初のホラー映画として知られる。その後第一次対戦後ドイツ表現主義の代表作であるサイレントホラー映画「カルガリ博士」が作られた。人の精神の内側を絵画的な映像で表現する、心理的な不安感を視覚的に訴える作品であった。その後アメリカで、フランケンシュタインや魔人ドラキュラ、透明人間、などのモンスター作品が制作された。


 その後のハリウッド映画では、エイリアン、ジョーズ、ジュラシックパークが有名で人間を襲い捕食する恐怖を掻き立てる。相手のエイリアンは異様な生物、完璧な構造、攻撃本能、人間的モラルは存在しない生物で人間を捕食する。ジョーズは文字通り人喰いザメであり、ジュラシックパークのモンスターは共同で捕食する恐竜の集団であった。これらは人の捕食に対する恐怖心やエイリアンのように何をするか予測できない相手に遭遇した時に不安感を呼び起こす。


 恐れ、恐怖心は起こりうる悪いことから身を守るために生まれた進化上のメカニズムである。生存のために必要な、 恐怖記憶を含む情動記憶は扁桃体で処理される。自律神経の支配する心臓の動悸や血圧を上昇させ、アドレナリンが分泌される生理的反応が起こる。これが恐怖の体験で最初に起きる反応で、その後に前頭葉が海馬の記憶と照らし合わせて合理的判断をする。 


 恐怖の感情の中枢である扁桃体は目新しいものによく反応し、視界の中心でなく視野の周辺にあらわれた怖い顔や影に即反応する。その2倍の時間をかけて恐怖の解釈が脳で始まる、そのため目にしたものに対する早い反応は脅威としてまず物事を認識して、その後で自分が何を見ているのかをゆっくり判断する。自分が扁桃体が保存する恐怖の記憶は、その状況の詳細な場面よりも、感情や感覚の情報に重点が置かれる。


 2009年にエイリアンやシャイニングを見た人の脳の様子を調べた研究では、扁桃体の動きは活発化しなかった。リアルな恐怖体験とスクリーン上の恐怖体験は別物で、恐怖反応よりも登場人物の窮状からの脱出に脳が反応していることがわかった。ホラー映画に人の脳は恐怖を感じ身体が反応するというより、軽い興奮状態になり、交感神経系は反応する。しかし前頭葉の大脳皮質は状況を理解して、安全な映画館で映画を見ていると判断している。恐怖の続くシーンで緊張していた観客はモンスターが負け人間が勝利した途端に、別の安堵の感情と満足感が込み上げる。


 結局、恐怖映画は人間の情動反応に働きかける。人は、暗闇に対する恐怖心を持っていて、夜に捕食者に遭遇することを避けるようになり、蛇とか蜘蛛などの毒を持った生物を避け危険な状況に陥らないように進化してきた。ホラー映画はその反応に働きかけ暗闇に恐ろしい異様なあるいは恐怖を起こす生物が現れ、人々を襲うシーンが不気味な音楽と共に始まる。しかし映画で観客はそれがフィクションであることを脳で理解している。そしてホラー体験の危機が去ったことを認識すると、脳はドーパミンを放出し、安堵感に伴う快感を感じる。ジュラシックパークはそれほど恐怖感を起こさない、ディズニーランド気分で見られる理由は人の脳の反応で、同じスピルバーグの初期の作品「激突」の方が追われる恐怖感ではむしろ上回っている。


 

 ホラー小説や詩や短歌俳句はではどのように人の心に働きかけるのか。古くから恐怖の場所地獄は世界中の宗教物語に登場する。19世紀に入ると映画化されたフランケンシュタインやドラキュラそして、エドガーアランポーの小説が出版され世界中の多くの読者を惹きつけた。 廃墟や薄暗い森の古い館を舞台にして「アッシャー家の崩壊」で妹の殺人と自らの死の恐怖を描き、「黒猫」人の心の狂気を描いた。またモルグ街の殺人のモンスターなど、その後も多くのホラー小説に影響を与えた。


 小説では物語を読者が想像力によって再構築し、前頭葉によって過去からの記憶を呼び覚まし、扁桃体を通して恐怖感は生み出される。

 

亡き母の真赤な櫛で梳きやれば山鳩の羽毛抜けやまぬなり


見るために両瞼をふかく裂かむとす剃刀の刃に地平をうつし   寺山修司


 小説に比べ短歌は感情を描写する力がより強い。原始的で本能的な情動系は大脳の前脳全皮質で普段は制御され抑制されている。寺山修司は短歌で意識の下の情動を呼び起こし、表現した。

 

赤き火事哄笑せしが今日黒し


薔薇の家犬が先ず死に老女死す   西東三鬼


芋虫の一夜の育ち恐ろしき     高野素十


戦争が廊下の奥に立ってゐた    渡邉白泉


 俳句ではさらに少ない言葉の連なりに人が反応し、そのその言葉の連想記憶で感情を呼び覚まし、不気味さや恐怖を呼び起こす。作者は情動を動かすも物語をつくり、読者はそれに共感する。それぞれの脳の活性化される分野の違いが、ホラー小説を生み出し、推理小説や冒険小説となり、教養小説になる。