2009/01/18

100年前の小説家たち


  19世紀は,イギリス一国が覇権を打ち立て,植民地を拡大し世界を支配していました。

 19世紀後半になると、アメリカやヨーロッパの大国がしだいに力をつけ、一国支配の覇権国の地位からすべり落ちていきました。

 1900年この時代の状況を、ギルバート マレーは“どの国もわれわれこそ国家の中の精神であり花である、そして,何よりも他を支配すべき資質を備えている”と表現しています。 こうして1885年以降、世界は多極的世界となり帝国主義列強の争いの場になりました。

 

 この時代 7つの大国がありました。各大国の工業力を1900年のイギリスを100として、比較すると、アメリカは 127.8とすでにイギリスを追い越し,ドイツ 71.2ロシア 47.8オーストリアーハンガリー帝国 25.6でイタリア 13.6日本が 13.0でした。その後、アメリカ、ドイツ、イギリス、ロシアの順に工業力は飛躍的に増大していきました。

 

 そして、とりわけドイツは第一次大戦直前には日本やイタリアの3−4倍の工業生産力で,ロシアを追い抜いて,イギリスに迫る勢いになり、覇権国として軍備も着々と増強していきました。

 日本は,1868年の明治維新以降,西欧の植民地化をさけるため,富国強兵、殖産興業を達成すべくドイツにならった憲法のもと、地域での大国の道に邁進しました。

 1894年日清戦争に勝利し、地域の覇権を確立したあと、1904年に、大国の間の政治の延長としての戦いである日露戦争に勝利しました。この2つの戦争により、日本はアジアの強国の地位を固め、侵略併合をされる危険は当分なくなった時でした。

  時代はその時の作家により記録され、時代精神もまた読み取ることができます。日本では日清,日露戦争に従軍した森鴎外が軍医として記録を残しています。

 

 同じ時代ロシア帝政時代末期で1904年にトルストイが非戦論、“なんじら、悔い改めよ”をロンドンタイムスに掲載されました。そして、ロシアマルクス主義が世紀末に結党されました。また,ドストエフスキーやチエホフもこの時代の作家です。

  

 一方、1902年に日本と同盟を結んだイギリスでは、19世紀中頃にディケンズが、19世紀末期にはアーサーコナンドイルが活躍しました。

  

 同時代フランス、オーストリアは世紀末のベルエポックの華やかな時代で、1900年のパリ万博でエッフェル塔が登場し、芸術、美術、流行の中心地としてもにぎわっていました。

 

 ドイツでは、アヴァンギャルドの潮流が時代精神を表し,美と様式に価値を見いだす世紀末芸術が流行し、トーマスマンやヘルマンヘッセの文学がうまれています。


  各帝国はそれぞれ国内の富を増大し、それとともに各国独自の文化芸術が栄えていきました。その様子を作家は描き、その時代精神も知ることができます。同時にこの富と権益確保のために,帝国間には武力行使が各地で起こっています。これらに作家も参戦したり従軍記者として多くの文章が残されています。

 そこには国家に対する義務と作家の世界観が反映され、 100年後の今読み返し、あらためて興味深い発見をして、驚くことが多くあります。

0 件のコメント: