2025/09/01

地球温暖化の夏 気候と生態系

 今年も終わらない夏が続いている。日本列島の各地で40℃を超える。安定化した気候が崩れると生態系は変化し、地球上で生命の大絶滅が過去5回起きている。

 地球と月にはほぼ同じ太陽のエネルギーがそそいでいる。月には大気がなく、水もなく、生命が生まれなかった。一方、今から20億年前には地球上の多くの生物が光合成で酸素を作り出していた。しかし海にあった鉄と結びついて、錆びて海底に沈んでしまい、嫌気性生物が生き延びていた。その後、酸素が作られ、好気的単細胞生物が現れた。そして酸素がしだいに多くなり、6億年前に海に動物が誕生した。


 現在と同じ地球上の酸素濃度になったカンブリア紀に、大型の活動的動物が生まれ、微生物も生まれた。4億5000万年前には植物は陸地に進出し、それに動物も続いた。5億4000万年前にカンブリア紀に動物の体が大きくなり、動物進化のビックバンが起き、海中の生命は現在に近い様相になった。5億年から4億5000年前、植物と微生物がが陸上に初めて進出し、それに動物も続いた。4億年前のミミズのはった後の化石が見つかり、さらにその1億年後にダンゴムシが現れ、その後クモ、ダニ、ムカデ、昆虫が続き、両生類の後に大型の脊椎動物が地上に登場し恐竜時代をつくる。 隕石の地球との衝突がきっかけで、爬虫類とシダ植物の時代は終わり、哺乳類の時代が始まる。 地球上の長い歴史をたどると、古生代の古い両生類は、1000種が滅び、生き残った一種が原始的爬虫類を産み、その爬虫類も1000種が滅び、生き残った一種が中世代の恐竜の祖先になる。


 この生態系を支えている生命の元は植物で、植物は太陽光を吸収して糖を作り出す光合成を行う。すべての生物は光合成に依存している。そして生き物を構成している窒素、リン、カルシウム、マグネシウム、カリウムは地球外からは、手に入らないので死んだ生物からこの物質を再利用している。この間地球に降り注ぐ太陽光エネルギーは、地軸の変化で大きく変動する夏に北半球に届く熱量が2%減るだけで、地球は氷河期に突入する。


 生態系は、温度と降水量で異なる。北極海と南極の付近は、小雨、低温、永久凍土のツンドラに覆われ、それから少し離れるとタイガと呼ばれる広大な針葉樹林帯が広がる。温帯は、豊富な植物、豊かな土壌、大量の落ち葉と分解者の住む温帯林。雨が少なく土のやせた草原、そして降水量の少ない砂漠地帯になる。 赤道付近は降水量と湿度の高い、熱帯雨林、雨量の少ないサバンナ、砂漠となる。

 海で生物が生まれる前、地球上に土はなかった。陸上は全て侵食された岩による不毛の地であった。その岩が風化し、砕かれ、植物や動物の遺体とそこに住むバクテリア、菌糸、小型の生物によってつくられ、そこに植物が根を張り、落ち葉が積もって分解され、豊かな土壌を作り出す。死んだ生物はバクテリアや菌類よって単純な無機化合物に分解される。そして、土に一時的に蓄えられる。枯れ葉は地面に落ちるとバクテリアや菌類に分解され土の一部になる。その土に生える植物は樹の根に住む菌類によって吸収され、葉を作る材料になる。


 地球上の植生は主に気温と湿度に影響される。地球上の気候は最近の4万年

間のグリーンランドの表層の研究から、激しい変化を繰り返していたことがわかっている。7000年くらい前からそれが非常に安定し、人の文明の発展の時期と一致する。さらに起源900年から1990年のイギリスの年平均1000年から1300年にかけて気温は高く中世温暖期と呼ばれている。1500年から1800年にかけては、小氷河期と呼ばれる寒冷期になり、作物は取れず飢饉になった。日本でも同じような傾向が見られ、平安時代の温暖期があり、寒冷期の江戸時代にはコメなどの農作物の収穫量に大きな影響を与え飢饉になった。


 産業革命以来世界の二酸化炭素の排出量は、年々増加し、世界中の多くの地域で暑い日が増え、寒い日は減る。今後100年間で起こる世界の気候変動のスピードは、この5000年間で人類が経験してきた変化の10倍以上になり、どこまで進行するかわからない。


 今確実に進んでいることは、地球温暖化によってグリーンランドや南極の巨大氷床が崩壊し、夏になると北極海の氷が以前より大幅に解け、船舶の航行が可能となりホッキョクグマの生態にも変化をもたらしている。そしてメキシコ湾流や太平洋の黒潮の流れなど海洋循環の巨大な変化が起きている。その結果、世界中で旱魃や熱波、洪水やハリケーンの強大化起きている。


 温帯の日本では、四季があり季節はめぐる。この気候は、海と陸の気流や海流に支えられている。これが温暖化によって変化すると、四季はなくなり、台風は強大化し、豪雨による河川の氾濫は頻発する。そして米やくだもの、野菜の生育に影響を与え、乳牛や豚の生育、海産物に悪影響が及ぶ。


 温暖化による人への直接的健康被害は、熱中症の増加、下痢性疾患の増加、マラリアなどの感染症の増加がある。長期的には野生生物や種の消滅につながる。地球温暖化の生物多様性の影響は、気温が上がると生物の気候適応の範囲が減って、種は絶滅する。3度の気温上昇で20%から35%の種は消え去る。これは現在すでに海の中とりわけ珊瑚礁の生態系に大きな影響を及ぼしている。同じように3℃以上の温度上昇によって陸上では熱帯雨林の枯死が起こる。樹木が枯れると、蟻が減ってありどりは消え、日陰を好む蝶も消え、猿やジャガー、ピューマその糞や肉で生きている糞中類も消え、鳥類や哺乳類の病原生物にも影響は及ぶ。



 気候の変動は地球生命圏にどんな影響を与えるのかは完全にわかっていない。しかし、気候、生態系は連鎖し、ある臨界点を超えるとカタストロフィックな変化を起こすことだけはわかっている。


2025/08/21

生命の進化と人類の歴史

 ジャイアントパンダは食肉目に分類されるクマの一種で、普通のクマの多くは雑食性である。パンダは、それを極端にして、ほとんど竹だけを食べている。中国西部の山の中の深い薮の中で、生存空間を見つけて住んでいる。この空間では、敵に襲われる心配がなく、一日10時間以上座り込んで竹を食べて生活している。

 その竹の食べ方は、座って、前足で、竹の茎をつかみ、その若い葉の柔らかなところだけを食べている。進化の過程で、パンダの指は5本ありその外に6本目の指がひとがものを掴む親指のような働きをして、竹の茎をつかんでいる。

 クマは、日本中で人里にでて、いろいろ問題を起こしているのを見てわかるように、後ろ足で立って、前足をつかって食べ物を食べる、その時親指の外の新しい指を使っている。これは解剖学的には 手首の橈骨の種子骨と呼ばれる骨の周りの筋肉が発達して、親指の機能をはたしている。パンダではこの種子骨が大きくなり、他の指の中手骨のほぼ同じ大きさになった。進化の過程で種子骨の過成長が起こり

竹の茎をうまくつかむための第六番目の指になった。


 ダーウインは南米の沖の島で陸ガメや、フィンチという小鳥を観察した。南米大陸に共通の祖先を持つこの鳥たちは、海に隔てられた島、競争者のいないガラバゴス島に渡った。これらのフィンチはくちばしの形を多様に進化させ、あるものは種子をかみ砕く形に、あるものは昆虫を食べる形に、さらに植物から昆虫を撃退するのにサボテンの針をくわえてうまく処理する型を生みだした。ダーウインはこのフィンチの新しい種への進化の生きた実例を旅行中に観察し、記録した。この鳥の小さな変異に自然淘汰が作用し、それが徐々に蓄積されて進化して、新しい種が生まれる様子が観察された。そして、突然変異による少しの個体間の変異が新たな表現形を生み出し、もし環境に合えば、その遺伝子は集団全体に広がって行くというダーウインの進化論が生まれた。


 その後、ダーウインの説は受け入れられた。そしてワトソンとクリックが遺伝子のDNAの二重構造を発見しそれが、生物の複製の基礎であることを発見した。このコピーの一部が間違うことによって突然変異が起こることがわかった。生物はこの遺伝子、生物の個体、種で成り立っている。遺伝子は個体を作る設計図で、個体は生物の種をつくるブロックで、何が自然淘汰を受けるのか、どんな進化のプロセスが地球上の生物多様性をを生み出すものが何かは不明のままであった。

  リチャード ドーキンスは「利己的な遺伝子」で「遺伝子は自己のいっそう多くの複製を作ろうと努める」「からだというものは、遺伝子が遺伝子を変化しないまま保存する方法である」「われわれは生存機械、遺伝子という名の利己的な分子を保存すべく盲目的にプログラムされたロボット機械である。」と主張した。

 しかし実際は遺伝子が直接自然と対応して、自然淘汰にさらされることはなく、生物の体が、自然に対応して、それに適応した生物、からだが生き残る。


  進化生物学が明らかにしたのは、37億年前に生命が誕生し、20億年前に、光合成で酸素を作り、6億年前に最初の動物が姿を現した。生命誕生以来環境の大変化による生物大量絶滅が何度も起こり、その度に地球上の支配者は交代した。それにもかかわらず生物多様性は上向きのカーブでを描いて生物の種は増加している。その理由の一つに大陸の移動がある。かつて一つの大陸であったパンゲアが分裂し、現在に近い生息域ができ上がった。そして気候の安定した熱帯雨林は、多くの生物種が狭い環境に特殊に進化適応し、ニッチを埋めていった。そして、特殊に進化した、奇妙な美しい生物を生み出した。その深い緑の中で、珍奇な鳥、植物、珍しい昆虫、様々な色のカエルや爬虫類そして哺乳類など多種多様な生き物が生息している。


 熱帯で多いラテライトと呼ばれる赤い土は、鉄やアルミが多く含まれた土壌で、栄養分は多くない。この土で植物が生きるためには、表面の薄い層にあるカルシウムやリンを吸収するその薄い層に根を伸ばし、微生物の助けを借りてカルシウム、リン、カリウムを吸収する。一方、乾燥地帯では、塩分は地表に集まってしまう。この中間の地域サバンナには程よく風化した土と、動物に欠かせない多くのリン、カルシウム、ナトリウムを含んでいる


 人間の祖先を辿ると、アイアイやキツネザルといった原猿類が7000万年ほどまえに現れ、クモザル、オナガザル、テナガザルが熱帯雨林の樹々の間の空間に適応し進化を遂げ、やがて大型の類人猿であるオランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボと進化し、やがて人類は誕生する。そしてゴリラやチンパンジーの暮らす熱帯雨林から、サバンナの草原地帯に木から降りた人類が定住し、やがて世界中に広がっていった。

 アフリカ大陸ユーラシア大陸を出てアメリカ大陸に渡った人々が移り住んだ地域では、マンモス、バイソン、ラクダ、トラなど大型哺乳類の70から80%は絶滅した。そして海を渡った人々は、インド洋のマダガスカル島、スリランカ、太平洋の島々、ニュージーランド、オーストラリア、ハワイなどのポリネシア、ミクロネシアの島々で生活し大型哺乳類、鳥類、爬虫類を食べ尽くし大部分が絶滅した。


 人類の活動が原因となって、現在の大規模な種の絶滅期が始まった。


2025/08/07

遺伝子、心、社会

  1859年チャールズ ダーウィンは「種の起源」を刊行した。

 「どの生物種でも、生き残れる以上の数の子供が産まれてくる。しかもその結果として、生存闘争が繰り返し起こる。こうした状況下では、自分自身の生存にとって少しでも利益となるような変異を備えた個体は、たとえそれがいかに小さな変異であっても、複雑で変化しやすい環境下において生き残る可能性が高くなる。」


                         チャールズ ダーウイン 


 45億年前に、小惑星が集まって地球が誕生し、やがて37億年前に微生物が現れ、細胞つくり、単細胞から多細胞になり、細胞が分裂して、複製され子孫を残す。やがて生物は多種多様な形態と機能を備え、地球上のあらゆる地域に広がっていった。最初は海で進化した生物は陸上にも広がり菌類、ウイルス、細菌、植物、動物など様々な生物が重層して生物界を生み出している。この地球上の生態系は、何百万年もかけて築き上げられてきた。

 種は、時とともに進化し、多くの生物を生み出している。しかし、現在地球上に存在する生命の進化の原動力は一体なんなのかそれは分からなかった。その答えをダーウインが出した。種は変異し、自然に淘汰され、環境に適応したものが生き残る。

 このダーウインの進化論に対して、宗教界は一斉にに反発した、キリスト教によれば、神が世界を創造したのであり、目的のない世界はあり得ない。当時は遺伝のメカニズムは不明で、進化の証拠は不十分であった。この適者生存を社会的に適応した説が生まれ、優生学、社会ダーウィニズムとして流行し、それに対する激しい反発が起こった。その後、メンデルの遺伝法則が発見され、ワトソンとクリックのDNAの発見などにより、今ではダーウインの自然淘汰理論は進化論の基本になっている。


「たとえ破綻した論理であっても、それによって説明がつくなら、世界はなじみのある場所に感じられる。だが反面、世界から幻想と光が突如として消え失せれば、人は自らが異物や部外者であるかのような思いを抱く。この疎外感を癒す薬はない。なぜなら、彼は失われた故郷の記憶や、約束の地に託した希望さえ失われるからだ。」

                           アルベール カミユ


 1975年エドワード O.ウィルソンは「社会生物学」の最後の章でカミユのこの文章で締め括った。 社会生物学が示したのは、攻撃的な衝動から人道的大義まで、人間の人間に対する行動の大部分は、手の構造や脳のサイズと同じように、進化の産物なのかもしれないというものだった。ウィルソンはアリの社会の形成と同じように動物や人間社会も遺伝とその進化で説明できるのではないかと考えた。 


 ウィルソンは「人は視覚と聴覚でコミュニケーションをとり、これによって意味を持ち言葉が誕生した。一方、アリは分泌される化学物質を嗅覚または味覚によって感じ取り、社会を作る、アリは遺伝子レベルで固定されているが人間は社会構造を進化させ、発展させた。」

 ウィルソンは1950年代の後半にアリのフェロモンの研究に取り組み多くの論文を書いた。その後、アリの多くのフェロモンが明らかになった。女王フェロモン、養育フェロモン、同巣個体識別フェロモン、ワーカー誘引フェロモンなどで、フェロモンはアリの言語であり、指揮系統の科学的語彙だった。

 ウィルソンが指摘したアリと人間社会の類似点は、アリも人も高度に分業し、協力する。それは共同体の形成による、そして一部のアリは自らは繁殖しないにも関わらず利他的行為によって、女王ありや巣を守る。人間社会でもまた自己犠牲や子育てなどの利他的な活動をして、社会を支える。

 この人とアリの類似性は社会の発展や文化は知能をもつ人間の学習のみでは説明のつかない遺伝的要因を示唆しているのではないかと考えた。


 さらに、遺伝子と心や感情について、視床下部と辺縁系を作ったのは何か、これは自然淘汰を通じた進化の産物だ。人のように高度な社会性を持つ種において、これが働き、個体の生存、繁殖、利他行為の行動を起こさせる。愛、憎しみ、攻撃、恐怖などさまざまな情動は個体の幸福や生存のためではなく、個体の行動を司る遺伝子を継承するためである。


 1978年「人間の本性について」を発表し、その考えを道徳や宗教まで広げていった。人は生まれつき、無意識の生物学的ネットワークを備え、進化を通じて形成されたこのシステムが、私たちの基本的価値の範囲を定める。親子の愛や利他的行動、集団への忠誠心、宗教的感情などは進化の過程で選択されやすかった性質、適応であると考えた。

 これにたいして、論争が起き、政治的な社会生物学論争になった。

社会生物学を「生物学的決定論」であるとみなして、かつての優生学と同じような理論であると非難した。ウィルソンは「私たちの原始的な古い遺伝子は、文化の力で、変化し、人間の本性である、利他行動と社会正義へと適応できるはずだ。」「人間の行動は90%が文化に由来し、遺伝子が司るのは10%に過ぎないだろう」と述べている。


  

 その後ドーキンスが「生物、生存機械論」で、生物の利他的行動も利己的な遺伝子の生き残り戦略であると主張した。またシャレド ダイアモンドは「人間はどこまでチンパンジーか」、で人間と98%の遺伝子を共有するチンパンジーの生活を動物進化の視点で描き出した。科学の進歩により脳のしくみの理解が十分に進み、人間の本性は自然科学の一環として研究され、人文学や社会学のイデオロギーや宗教や哲学ではなく、遺伝子と心、文化の問題は生物学によって、解明されるであろうと主張したウィルソンの予言は現実のものとなりつつある。


 2015年「50年の双子研究に基づく、ヒトの形質の遺伝性に関するメタ分析」がなされた。過去の2748本の文献で、1455万8903組の双子を対象に調査され、7804の形質の分析が行われた。人の行動の遺伝率の平均49%、約半分は遺伝的であると発表された。

2025/07/21

戦後物語の終焉 その2 パラダイムシフト

  1962年、トーマス クーンは 科学革命について、「古い理論を置き換えるために新しい理論が選ばれたのは、それが正しいからではなく、世界観が変わったからだ。」と述べた。バラバラな問題に類似性を見とる力を持った科学者が、それを説明する科学発見を発表する。その後さまざまな実験によってそれを証明する。そしてニュートン力学のような理論が生まれる。その法則に合わない事実が、出てくる時、新しい別のパラダイムが生まれる。そしてさまざまな研究がなされ、相対性理論などの新しい理論が生まれる。しかし現実の世界はただひとつしかなく、過去にあった世界と同じ世界が今もある。変わったのはものの見方だけである。古い理論を置き換えるために新しい理論が選ばれたのは、それが正しいからではなく、世界観が変わったからであると唱えた。その後、パラダイムシフトは論争のまととなり、流行語にもなった。クーンは科学の世界においても、科学の進歩は究極の真理に向かって進んでいき、自然に関する完全で客観的で真実である理論に到達することに、疑問を投げかけた。


 


 科学 宗教 政治 経済学理論はそれぞれ共通の似たような要素を持っている。どの文化を持った国家もそれぞれの宗教、それぞれの政治、それぞれの宗教的倫理体系、それぞれの経済、そしてそれぞれの科学的世界観を持っている。それによって多くの人々を集めて共同体として成り立っている。それは、人間の能力、人間の脳の仕組み、人間の本性の由来するからで、人間の脳は地球上の環境に適応し、進化して、遺伝子的に形成されたからである。人の住む周りの世界、環境を、まず気分と瞬間的直感で捉える。その後に、ゆっくりと合理的判断を前頭葉が行う。感情に結びついた第一の回路は目先のことに素早く反応して決断を下す。好きか嫌いか、敵か味方か、その後にゆっくりと前頭葉が働いて、過去の知識や記憶、パラダイムなどさまざまなことを材料にして、思いを巡らせ、思考し、今後を予想したり、事実が偽物かを吟味して行動に移す。


 人間の歴史はこの合理的精神のみではなく、感情に動かされた結果つくられることもある。 人間はどれだけ技術が進歩しても、恐れや嫌い 魅惑や好きといった原状感覚から逃れることはできません。 人々は生存のために発達してきた感情、感覚、印象による即断と過去の記憶や知識による合理的思考の両方をうまく使って生きてきました。そして環境が変わると既存の物の見方を変えて、すなわちパラダイムチェンジをすることで対応してきました。


 第二次世界大戦の後 世界ではアメリカとソ連が対立し、その影響で日本も1960年の安保紛争や1970年まで続く政治の時代になりました。その後も、宗教と同じようにそれぞれが多くのセクトにわかれ、対立や紛争が続きました。その後、経済が豊かになると、多くの人は、心の中で、改革の気持ちを持ちつつ、革新政党に投票し、生活は豊かさを求めて、より多くの物を買い、会社や組織での出世を目指すようになり、経済の時代に変わっていきます。世界は、レーガン大統領やサッチャー首相の主導する新自由主義と呼ばれる新しい自由主義が、東側の社会主義、平等社会に勝利し、世界を制覇しました。


 ソ連は崩壊し、宗教は復活したものの、まざまなカルト集団は日本ではオーム真理教 アメリカでも新興カルト集団が生まれ、消滅していきました。イスラム教はビンラディンのテロやイラン革命などの宗教的過激主義は事件を起こしたものの、世界を動かすことはなく、その時代、世界を動かしたのは、宗教でも政治的イデオロギーでも民族主義でもない経済合理性が何よりも重要とする新自由主義と呼ばれる経済理論でした。


 ”Its the economy ,stubid”を掲げてブッシュ政権に勝ったクリントン政権は、新自由主義経済を世界に押し広げていった。FRB議長のグリンスパーン、 ルービン財務長官、経済学者サマーズの経済三銃士が世界経済を支配する構図が出来上がっていった。その政策のもとで、世界は動き出し、世界はフラット化し、大いなる安定の30年間が続いた。その結果、アメリカでは貧富の差が極端に広がり、移民は急速に増え、LBGTの権利は急速に拡大し、キリスト教の文化は衰え、中産階級は没落し、プアーホワイトが激増した。そのため、今の政策に不満もつ人々に支持されて、トランプ政権が登場した。そして経済至上主義の新自由主義のシステムを終焉させようとしてさまざまな政策を打ち出した。自由な移民など人の移動を制限し、国際協調主義をやめ、国連のWHOからの脱退し、パリ協定から離脱し、自由貿易体制を再検討し、関税をかけるなどさまざまな政策を推進した。


 それはヨーロッパの民主主義国にも波及した。2025年、今年NATOのルッテ事務総長はアメリカのイラン爆撃に対して「イランに対する断固たる行動に感謝します。あれだけ思い切ったことは誰にもできません。」そしてNATO軍事費増大に対して「あなたはこの数十年でどの米大統領も成し遂げなかったことを達成するでしょう。欧州は大金を払うことになる。そうすべきだし、それはあなたの勝利です。」と述べた。


そして、やがて日本でもそのパラダイムシフトの波がやってくるのかもしれません。


2025/06/29

医療をどうするのか その2

 




 日本の人口は2007年をピークに減少し、少子高齢化が急速に進み始めた。先日、地方の中核病院の現状がNHKの番組で取り上げられていた。30年前には3万5000人の人口があり、地域の総合病院として、24時間体制でいつでも救急患者に対応していた。常勤の医師は20名いた。その後、市の人口は2万2000人に減少し、常勤の医師は10人に減少した。医師は減り、看護師も次第に減っていき、24時間体制の救急医療は限界に達して、中止せざるを得なくなった。

 一方都心部でも高齢者が増え、風邪から肺炎になったり、転倒し怪我をする、熱中症で倒れるといった救急の患者が増え、その半数は高齢者であり、大病院での治療は必要のない軽症の患者が多く地域の救急患者は地域の私立病院が担っていた。その病院は赤字になり、それにインフレによる物価高と賃金上昇がが追い打ちをかけた。40年以上経って老朽化した病院の建て替えができないため、閉院に追い込まれている。

 もう一つの例は中国地方の、山間地で農業や林業の町で、30年前には人口は7000人で、街の中に病院があり、CT,MRIなどの設備も整い、入院施設もあった。現在人口は3000人となり、ほとんどの人が80歳代になった。この病院を今後どうするかが問題になっている。



 1990年代日本の皆保険制度と効率的で乳児死亡率も低い日本の医療を参考にしようとしたアメリカ側の視察団(特にヒラリー・クリントン氏の医療改革タスクフォース)は、日本の医師の働き方を「医療制度の成果として一部は参考になるが、再現するのは非現実的」と報告した。医師個人の過労と献身によって成立している面が大きく、米国ではその働き方は社会的に受け入れられないと結論づけた。


 2000年(平成12年)公的介護保険制度ができる。その後医療費も介護費用も右肩上がりで増えてきた。2004年(平成16年)医局体制を大学病院の独占から、市中病院も加わった研修医制度ができた。それにより医局支配の体制は弱くなった。 その頃から失われた30年のデフレ時代が続き、国が定める医院の収入を決める、診療報酬はあまり変わることはなかった。そして医療界もあまり変わることがなかった。令和6年4月から「医師の働き方改革」が施行された。


 最近になって、これらのことが遠因となって、病院からの医療者の立ち去りや、診療科の外科医離れが起きて、形成外科やリハビリテーション科や麻酔科や心療内科は増えてきた。そして、労働条件の厳しくない、より高収入の得られる美容整形に研修医の2年終了後に直接美容整形外科医になる直美が話題となる。 病院は赤字の施設が70%を超え、建て替えや設備の更新ができず閉院するところが過疎地だけでなく都心部でも増えてきた。

 

 少子高齢化は進み、2025年には年間出生数が70万人以下となり、年間200万人いた団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる。後期高齢者は風邪などから肺炎になって重症化する、ちょっとしたことで転倒し怪我をしやすくなる。2030年代にはその世代は85歳以上になり、ますます高齢化する。実際現在でも死亡する人の最も多い年齢すなわち最多死亡年齢の平均は男性88歳、女性91歳で、認知症の人は増え、独居者も増え、一人で生活できない人はますます増えていく。一方財政的にも労動力としても医療を支える人は減っていく。


 85歳以上の高齢人口が増えると、病気や怪我や、一人で生活できない人が増え、それらの人々に対応する介護や医療は必要で、行き場所の確保が必要になる。 そのためには病院数は減っても、それぞれの地域に必要な役割を果たす病院がそれぞれの地域にあることは必要で、それぞれの地域で人口減少と高齢化に対応する医療システムをつくって、10年から20年間を乗り切るプランが重要となる。それほど大きな変革ではなく、人材を確保し、財源を確保し、限られた財源を無駄をなくして配分する。それがうまくいけば乗り切ることができる

2025/05/19

AIと芸術、医術、宗教

 


 5月の連休中、六本木の森美術館で「マシンラブ ビデオゲーム、AIと現代アート」を観に行きました。ピープルのビデオ彫刻「ヒューマンワン」では、立方体の仮想空間で生まれた人間が、永遠に変化する動物や、虹、のデジタル世界を歩き旅する。時事刻々と変化する新しい彫刻で、人生をデジタル化した。

 ルー ヤンの独生独死 人は一人で生まれ、一人で死ぬ 自我 では作者のアバターが、六道の仏教世界を彷徨する映像で、美しく刺激的な画像が次々にスクリーンで展開される。六道とは、仏教の教義でいう地獄道(じごく)・餓鬼道(がき)・畜生道(ちくしょう)・修羅(阿修羅)道(しゅら)・人道(人間)・天道の六種の冥界をいい、人は因果応報により、死後はこの六道を輪廻転生する。この世界を映像化し芸術とした。AIの技術によって色彩と形は、眩いばかりの映像を生み出し、人に働きかける。一方鑑賞者はその新しい芸術に対して、光の反乱に対して、感情は戸惑い、解釈する脳も混乱する。 宗教の世界、地獄極楽や天国地獄は人の想像力のよる世界で、古くからそれらの絵は描かれ流布してきた。映像の進歩は当然この世界をより鮮明により魅力的により精神の奥深くに働きかけるようになる。感情や宗教心は人間の未解明の本性であり、論理的思考とは別のシステムが関与している。それゆえに画像は言葉より直接的に人の心に働きかける。技術は急速に進化しても、人はほとんど変わらない。

 AI時代の宗教はどうなるのかは、芸術や宗教の起源を知ることにつながっている。現在、日本の京都の高台寺で、観音菩薩のようなアンドロイド「マインダー」が般若心経に基づく説法を行っている。スイス・ルツェルンの聖ペーター教会では、機械の中の神(デウス)名付けられたAIホログラムのイエスが、信者の告白を受け、聖書に基づいた助言を提供している。またGoogleエンジニアのアンソニー・レヴァンドウスキー氏が2017年に設立した宗教団体があり、AIを神として崇拝することを目的として、AIとの「霊的なつながり」を求める人々が集まっている。もしAIが人の心を動かし、トランス状態にさせ、信仰と同じ感覚を生み出す事ができればAIがシャーマンとなる新たなカルト集団ができることになる。

 ディムート シュトレーベの、AI言語モデルを使った、AIと直接対話出来る《エル・トゥルコ》という作品を見ました。これはAIと観客のアバターが対話するという観客参加型のもので、マイクに喋ると音声認識してAIと対話できる。実際に試してみると、まるで普通の人と対話をしているような感じで、しかも内容は結構複雑で、深い返事が返ってきました。同じ作者の、アバター同士の様々な会話をする「エリスのリンゴ」もあり、本物の人とアバターとロボットと、AIの進化はその間の境界を融合し、進化する。一方人の認識能力は進化しない、不気味の壁は、人間の能力はこれが働いて本物の人間と偽物の人間を判別する。しかしAIが進歩すればこの壁は、乗り越えられる。その時代はすぐにやって来そうです。このアバターとの会話で、今後、AIは人間の医師に代わることができるか聞いてみました。その返事は、かなり長く、結局、結論としては代わることはなく協業するであろうと答えました。

 昨年、G7ヘルスサミットで、RAVATAR社のリアルな医師のアバターがステージに映し出され、観客からの病状と質問にリアルタイムで対話し、仮想患者の診断やアドヴァイスを行っている。この医師のアバターは大規模言語モデルと合成音声を組み合わせたシステムを使い、他言語に対応している。   AIのチャットGPTを使った心理療法は、心理療法として人間の心理療法士の代わりに使われてきた。現在、AIの進歩は心理療法や精神科の治療を変えつつある。音声と映像を使って難治性幻覚治療をしたり、AIの方が人に話すより相手を気にしないで、悩みを話せるとい言う人もある。また人間の療法士の前に最初の問診やつなぎの役割をAIに任せたり、人間の心理を理解する能力や、治療計画の能力はますます進歩して、複雑な診断や投薬能力は人間の能力を上回る可能性が高いと考えられています。

 文章による診断、アバターよる診断、ロボットによる診断の進歩は加速し、数年後には、これらAI技術が人間の能力を上回る可能性があります。AIドクターは数年後に現実化するかもしれません。

2025/05/01

権威、権力、仏の歴史 


「仏法も神道も朝儀も嘗て無世に成りにけり」。  太平記

 

 国家は、人間が集団をつくり共同目的で活動するための物語によって創り出される。最初は、人々の声の届く範囲の集団部族であり、それが次第に各地方に豪族の集団ができる。日本で大和国が形成される以前から、シャーマン的権威による族長の長が天皇で、天皇の権威は呪術的支配者であった。

 日本の神話は、やがて書物あるいは文字による記録である古事記や日本書紀に書かれ、多くの人々の間に広まり、範囲を広げ、定着していった。この神話は、国土の誕生と統治者の誕生の物語(国生み、国譲り、天孫降臨の天地開闢神話)を生み出した。


 3世紀頃、多くの地方豪族を統合して邪馬台国から、日本全土を支配する大和国家を作る過程で、次第に天皇による支配は確立していった。その時、カリスマの対象として皇室の家、豪族の蘇我家などという氏が特殊な呪術的恩寵を受けているという観念、天皇のカリスマの世襲制、血統カリスマが生まれる。そしてがその天皇を支える世襲官僚制度が生まれ、4世紀頃には古代天皇制のヤマト国家という氏姓国家ができていた。


 6世紀、、崇仏派の蘇我氏と廃仏派の物部氏が対立し、蘇我馬子が戦いで勝利する。そして邪魔になった崇峻天皇を暗殺し、権力を握った蘇我馬子は女性天皇推古天皇を誕生させ、厩戸の皇子が皇太子として摂政に任命される。聖徳太子(厩戸の皇子)は、官僚制度の改革を行い世襲制の氏姓制度から、個人の能力によって官僚を登用する冠位12階を定め、その後大宝律令で位階制度にして、官僚組織を確立した。そして役人の守るべきことが書かれた17条の憲法がつくられた。こうして、書面に書かれ統一した国のかたちの日本ができ上がった。


 奈良時代に仏教は日本の集団、共通の君主として天皇を認めさせ、人々を結びつける物語となった。国家宗教となった仏教は、聖武天皇の時代に僧寺である国分寺、尼寺である国分尼寺を全国に建立し、752年には奈良の東大寺に大仏を建てた。奈良時代と平安時代は、仏教は権力者と同じ物語、理念に基づく国家仏教であった。氏や家、国家の安泰を通じて、人々の幸福を求め、災厄から逃れるという古くからの呪術信仰から、舶来の煌びやかな黄金の仏像と、巨大な伽藍の中での読経の世界を受け入れ、全国に広まっていった。


 平安の世界は、武士の台頭によって崩壊する。頼朝によって鎌倉時代には武士による政権が作られた。承久の乱では、天皇、上皇といえども天道に反すれば統治者の資格を失いうとして、北条軍は勝利し、上皇は隠岐に配流された。鎌倉幕府は朝廷から独立し、北条家は執権となり関東御成敗式目を定め、法の支配を行なった。


 宗教は鎌倉時代、国家宗教から離れ日蓮宗や親鸞の浄土真宗、道元の禅宗などの新仏教がおこった。国家と離れた魂の救済の傾向を持っていたが、浄土真宗は平民の宗教として戦国時代に戦国大名と対立した。日蓮宗や禅宗は武士階級に浸透していった。そして再び武家の幕府や御家人、守護大名や戦国大名に取り入れられていった。


 1333年建武の中興で、後醍醐天皇が武士の政権鎌倉幕府を倒し、天皇親政政治を行うも、すぐに崩壊し、足利尊氏が再び政権を武士の手に取り戻し、幕府を開く。その後 1392年までの60年間2人の天皇が併立する南北朝時代が続く。足利尊氏は政権の中枢に高兄弟を置いた。執事として高師直が将軍の命令を下したり申請を取り継ぎ、師泰が論功行賞を行なった。当時皇室、院の権威は完全に失墜していた。「師直は吉野に攻め入り、皇居に火を放ち、北野天神、蔵王権現を焼き払い、皇族。関白、公卿の子女を次々妾とする。師泰は河内で聖徳太子廟を焼き、廟内を略奪し、太子像の衣まで剥いだ。」と当時の高師直、師泰兄弟の傍若無人ぶりが、太平記に詳述されている。


 室町幕府は三代将軍義満の時代、王朝趣味と異国趣味に染まっていく。幕府の公家的儀礼を武家の世界で打ち出し、武家の権力を王朝的権威で飾り、さらに中国の明の皇帝から日本国王の称号をもらい権力の正当性を築こうとした。こうして鎌倉末期、室町時代にかけて、秩序の源泉が崩壊し、むき出しの武力の衝突する時代が始まり、やがて応仁の乱、戦国時代になって統治の権威も社会規範も解体の一途を辿り、悪党の時代、下剋上の世界が訪れた。


 16世紀には、どんな権威も法も武力の前には無力であった。織田信長は、全国を平定し、新たな秩序を作る必要に直面した。信長は天皇と将軍の権威に迫るため、1568年京都に入りする。足利義昭を将軍にたて、その権威、公儀のもとに、将軍の命令として、信長が政務を行なった。1573年幕府が無用のものとなると、義昭を追放した。そして自らが将軍職に就くことはなかった。当時イエズス会に対して、自分は王であり、内裏であり、神であると語っていた。天皇は信長を引き止めるために次々と官位を与えた。1578年に正二位に上った後、官位を辞退した。安土城を作り、天道の思想で宗教の領域の支配権を握った。安土城を神的な専制政治の儀式の場としようとした。安土城の城下には、イエスズ会のセミナリオや多くの寺を建てさせた。しかしその夢は、明智光秀によって絶たれた。